人材の流失を防ぐ=「リテンション」がマネジメントで重要な理由とは
重要な経営資源のひとつである人材の社外流出は、企業にとって、重要な経営課題です。終身雇用の崩壊や少子高齢化による人手不足など社会情勢が変化する中において、人材の流出を防止する『リテンション施策」が多くの企業で注目されています。
厚生労働省の若年層雇用実態調査によると、若年労働者の定着のために実施している対策がある企業が70.5%と、多くの企業がリテンション施策を実施しています。
今回は「リテンション施策」をいかに有効に活用するか、具体的な方法やポイントについて説明します。
リテンション施策についての考え方とは
リテンション施策についての考え方(着眼点)と、効果的なリテンション施策例について説明します。
リテンション施策の着眼点とは
リテンションは大きく分けて「金銭的報酬」と「非金銭的報酬」の2つにわけられます。
「金銭的報酬」とは、個人に応じた給与やインセンティブ、ストックオプションなど、金銭的な価値を提供するものです。成果主義が導入されて以降、人事査定は能力給や成果給、コンピテンシー評価などが主流となり、成果を上げる社員は自分の成果に応じた報酬を、より明確に受け取ることができるようになりました。
反面、就業環境にゆとりが少なくなり、報酬をアップしても人材流出に歯止めをかけることが難しい企業も出てきています。単純な成果主義と高報酬だけでは、リテンションとして効果的ではないということが読み解けます。
この問題を解決するのが「非金銭的報酬」です。 お金を稼ぐために仕事を行うのは当然ですが、一定の給与水準を満たした場合、就業環境の充実やワークライフバランスの実現、スキルやキャリア向上のサポートといった「金銭以外の価値」を求める傾向があります。
会員数70万人以上、20代向けの転職サイトである「Re就活」の会員を対象とした調査では、職歴ありの転職理由として「人間関係・社風が合わない」「ワークライフバランスが悪い」などが上位として挙げられています。「給料が低い」は4位となり、「金銭的報酬」よりも「非金銭的報酬」の方が、重要性が高いことがわかります。
出典元『学情』Re就活登録会員対象「就職・転職活動に関するアンケート」調査レポート 2018年3月版
非金銭的報酬の方が重要性が高いとはいえ、約3割の人材が金銭的報酬によって流出を防げた可能性があります。非金銭的報酬・金銭的報酬のどちらかだけを施策にするのではなく、バランスよく組み合わせることが重要です。
効果的なリテンション施策とは
リクルートHCソリューショングループの調査によると、リテンションを高める要因は複数あると説明されています。直接影響のある要因として「無形の資産(仕事の仕方や人脈、経済的な安定や満足)」「仕事そのものに対するやりがい(自己効力感、承認実感、将来の見通し)」の2つが挙げられています。2つの要因は「職場の信頼関係」「入社後のコミュニケーション」「入社前のコミュニケーション」によって強められると考えられています。
出典元『リクルートHCソリューショングループ』従業員の定着と活躍(リテンション)に関する調査報告書
1.無形の資産を向上させる取り組み
無形の資産には、就労を継続することによって得られる価値が影響を与えます。
働く環境の整備や人事制度の見直しなどで、モチベーションを高めることはもちろんですが、やはり目に見えてインパクトがある「報酬」もキーポイントであることは間違いありません。同業種、職種別の一般的な給与水準の現状を把握し、自社の現状と照合し、適正な報酬になっているかを検証することが重要になります。
「個人のパフォーマンス」をどのように定義づけ、それを報酬として反映していくかは各社それぞれの考え方によります。その中で、社員がいかに、長期間モチベーションを継続できているか、というのはわかりやすい観点の一つです。
企業の成長に貢献したいという個人の価値観に見合う形で、適正に活用できているかチェックしておくことが必要です。
2.仕事そのものに対するやりがい
仕事そのもののやりがいには、仕事を通じて得られるスキルや人脈などが影響を与えます。
リテンションを高めるためには、個人が、長期的なスキルや知識を獲得できるような機会を準備しておくことも必要です。昇給・昇格だけではなく、個人の適性と希望にあわせて、他部門への定期的な異動や人材交流など新たなチャレンジのステージをいかに準備できるか、ということです。
明確なキャリアパスを組織として構築して社員に明示することで「やった分だけ評価される」という安心感と目的達成意識を醸成し、将来的なキャリアプランをイメージさせることに繋がります。
社員のキャリアパスに関わる相談窓口の設置や専門的なスキル向上のサポート体制、さらに社員の自発性を高める「社内公募制度」や「社内FA制度」など、社員の人材育成を推進することは、リテンション施策として有効です。
営業などの直接部門と異なり、成績が具体的な数値として表しにくい間接部門に従事する社員には、営業部門とは異なる評価システム(EX:サンクスカード)を導入することで、全社員のリテンションを高める効果が見込めます。
役職や職種などに応じた研修やセミナーなどを実施し、働く一人一人が自分のスキル・やキャリアが向上しているということを実感できるようなイベントを準備することも有効です。
3.職場の信頼関係
職場の信頼関係を構築するためには、良好な人間関係は欠かせないものです。信頼関係が構築できていることで、生産性向上にもつながります。
リーダーシップ論やマネジメント論の礎となった人間関係論で有名なホーソン実験では、労働生産性は職場の作業環境ではなく人間関係が影響すると90年以上前に突き止めています。
Googleが2015年に発表した「成功するチームで最も大切な要素は心理的安全性である」と、職場の信頼関係が重要であることが、再度突き止めらました。
良好な人間関係を構築するためには、カルチャーフィットが有効です。人間の性格や価値観は生涯を通じて変わりにくいものであるため、入社前に見極めたり、お互いの性格や価値観の違いを相互理解することが大切です。
4.入社後のコミュニケーション
人間関係は、お互いの性格や価値観に依存しますが、全員が相性の良い人間関係を構築するのは、現実的には非常に難しいです。
コミュニケーションスキルは、入社後にも育成ができる能力であるため、教育研修などを実施して、お互いの性格や価値観の違いをスキルによって埋める方法が有効です。
高いコミュニケーションスキルを身につけてもらうだけでなく、普段接点のない従業員同士にコミュニケーションしてもらう、社内コミュニケーションの活性化施策も有効です。
6.入社前のコミュニケーション
入社前のコミュニケーションでは、自社の情報を正しく伝えることが有効です。職場の理想と現実のギャップを生む「リアリティーショック」を引き起こさないことが大切です。
リアリティーショックは、入社前のコミュニケーションなどで知った情報と、入社後に知った情報が異なることで引き起こされる問題です。残業が多いなどのネガティブな情報を隠したい気持ちはわかりますが、隠したせいで職場環境が悪くなる・離職するなどの問題を引き起こしてしまっては本末転倒です。
リアリティーショックを防ぐためには、ネガティブな情報でも伝える「RJP理論」が有効です。RJP理論はアメリカでは40年以上研究・実証されている理論であり、ネガティブな情報を伝えることに抵抗のある人事担当者・経営者の方には、是非知っておいてほしい理論です。RJP理論が提唱された当時は、ネガティブな情報を伝えるのに抵抗があると考えられていましたが、今はスタンダードな理論となっています。
本当の離職理由は何かー組織を客観的に分析するところから始めよう
リテンション施策の重要な点は「自社に何が足りていないのか、なぜ離職に結びついてしまうのかを考える」ことです。とはいえ、実際に離職する人材の理由は建前であることも往々にしてあります。
本当の離職理由は何だったのか。リテンションを高めるためには自社の人材活用や現場の様子を客観的に分析し、離職につながりそうな不満要素をピックアップするようにしましょう。まずは、現状把握が何よりも重要なリテンション施策なのです。