日本“ならでは”の「同一労働同一賃金」制度が求められる
同一労働同一賃金制度は、同一の労働に従事する労働者には同一の給与を支給するというもので、EU諸国に普及している考え方です。日本では、EU諸国での考え方や運用をベースとして「働き方改革」の柱の一つ「正規・非正規間の格差是正」の施策として、「同一労働同一給与」における法案の政策を進めている状況です。
EU諸国の働き方として「職務給」であるのに対し、日本での働き方は「職能給」であるため、単純にEU諸国の「同一労働同一賃金」制度を導入するのは難しいとされています。EU諸国では「この業務を行えば、(人種や性別・年齢に関係なく)一定の給与」を支払うとされているのに対し、日本では総合職や終身雇用制度が根強いため、「会社にどの程度貢献したか」が評価になっている現状があります。
日本式の「同一労働同一賃金」を実現するためには、今までの評価制度を踏襲しながら、同一労働同一賃金制度の目的である「正規・非正規間の格差をどう埋めるか」が焦点となります。実際、経団連は、EU諸国の「同一労働同一賃金」は日本には受け入れられにくく、従来の日本の評価制度(企業の実態)を反映した「同一労働同一賃金」制度が求められると述べています、
日本ならではの「同一労働同一賃金」制度の指針をまとめた「同一労働同一賃金ガイドライン案」が2016年12月20日に、安倍総理が議長を務める「働き方改革実現会議」にて政府案として提出されました。
今回は「同一労働同一賃金のガイドライン案」が具体的にどのような内容であるのか、内容について説明します。
同一労働同一賃金ガイドライン案に記載されている内容とは?
ガイドライン案の趣旨や目的について
同一労働同一賃金制度は、正規・非正規間の不合理な格差をなくすことを目的とした制度です。「正規だから」「非正規だから」といった基準ではなく、「この業務をこなしたから」「この会社で働く人材だから」といった基準で、均等・均衡な待遇を求める施策となります。
働き方改革の1本の柱である「正規・非正規間の格差是正」を埋めるための施策として、2016年12月20日に「同一労働同一賃金ガイドライン案」が提示されました。経団連を含めた、関係者の意見聴取や労働契約法などの改正法案に関する国会審議を経て、最終的に確定するものです。関連法案の法改正の施行に合わせて、実際の運用が始まる予定です。
ガイドライン案には何が書かれているのか
現状の日本の労働環境では、基本給などの給与は、時間外手当やボーナスなど、さまざまな要素を組み合わせて決定されているケースが主流です。その中で「同一労働同一給与」を実現するために、ガイドラインでは、各企業において以下のような取り組みが必要になるとまとめています。
- 正規雇用労働者、非正規雇用労働者それぞれの給与決定の基準やルールを明確にし、「職務と能力など」と「待遇」との関係を含む処遇体系を労使で話し合い、非正規雇用労働者を含めて労使間で共有する
- 給与のほか、福利厚生や能力開発などの均等・均衡により、生産性の向上を図る。
- 派遣労働者に対する均等・均衡処遇については、派遣労働者が、派遣先の労働者と比較して職務内容、職内容や配置の変更範囲、また、その他の事情が同じ場合、派遣元事業者は均等・均衡な待遇を図る。
ガイドライン案のそれぞれの項目とポイントについて
同一労働同一賃金ガイドライン案では、有期雇用労働者およびパートタイム労働者に起こりやすい待遇の違いとして、基本給、手当、福利厚生などを取り上げ、原則的な考え方と具体例を挙げています。
1.基本給
職業経験、能力に応じて支給する場合
労働者の職業経験や能力に応じて給与を支給するときの考え方です。
非正規雇用労働者が、正規雇用労働者と同一の「職業経験や能力」をもっている場合は、使用者は職業経験や能力に応じた部分について同一の給与を支給します。もし、職業経験や能力に相違がある場合には、相違に応じた給与の支給が必要になります。
正規雇用労働者と同一の部分については同一の給与を支給し、違いがある場合にはその違いに応じて給与を支払うように求めています。
【ポイント・事例】
職業経験は、現在の業務との「関連性」が重要
ガイドライン案では、現在の業務と「関連性のない職業経験」を理由として給与に差をつけるのは不合理とし、問題となるケースを挙げています。
例えば、職業経験を基本給に反映させる場合は、それぞれの企業において、過去に所属していた(従事していた)企業との関連性ではなく、現在の業務との関連性を判断する基準を明確に設定する必要があります。
基本給について労働者の職業経験・能力に応じて支給しているE社において、無期雇用労働者フルタイム労働者であるXが有期雇用労働者であるYに比べて多くの職業経験を有することを理由として、Xに対して、Yよりも多額の支給をしているが、Xのこれまでの職業経験はXの現在の業務に関連性を持たない。
すなわち「XさんのほうがYさんよりも年齢が高いから」や「Xさんは無期雇用だけどYさんは有期雇用だから」などの理由で給与が高いことは認められません。あくまで自社の業務に対する貢献度や関連性を客観的かつ明確に設定する必要があります。
業績や成果に応じて支給する場合
日本でも、成果主義を導入している企業はありますが、基本給のすべてを業績や成果で決めるのではなく、さまざまな要素を組み合わせて決定する企業が大多数でしょう。
複数の基準を組み合わせて給与を決定する場合、それぞれの評価項目ごとに、正規雇用労働者と非正規雇用労働者が同一かどうかを判断する必要があります。ガイドライン案では「業績や成果」に応じた給与を基本給の一部として支給する場合、次のような方法であれば問題がないとしています。
【ポイント・事例】
勤続年数に応じて支給する場合
勤続年数に応じて給与を支払う場合、契約更新をしている有期雇用労働者については「当初の雇用契約開始時から通算する」という点がポイントです。
昇級
「勤続による職業能力の向上」に応じて昇給させる場合、正規雇用労働者と同じく、勤続年数と比例として職業能力が向上した非正規雇用労働者には、同一に昇給させる処遇が必要です。
仮に能力開発に差違がある場合は、違いの程度に応じて昇給させる必要があります。基本給と同様に、昇給についても「何を基準にして評価したか」を明らかにすることが重要です。
2.賞与・手当
賞与と役職手当については、正社員と同じく支給要件を満たしている非正社員には同一の手当を支給し、違いがある非正社員には違いに応じた手当を支給します。正社員だから賞与を支払い、非正規だから賞与を支払わないと言った立場の違いによる格差は認められません。
賞与
賞与の支給基準として「企業の業績等への貢献度」を例に挙げています。「企業の業績等への貢献度」に応じて支給する場合、同一の貢献度については同一の賞与を、貢献度が違う場合は違いに応じた賞与を支給することとしています。
そのため、雇用形態の違いのみで、賞与の支給条件が決められている場合は、「不合理な待遇差」とみなされます。
【ポイント・事例】
ガイドライン案では、賞与を不支給にしたことが問題とならない(許容される)例が紹介されています。このケースは、雇用形態の差違だけでなく、同じ無期雇用労働者労働者であっても処遇上のペナルティを課されているかどうかの違いで賞与に差が生じた例です。
B社においては、無期雇用労働者フルタイム労働者であるXは、生産効率や品質の目標値に対する責任を負っており、目標が未達の場合、処遇上のペナルティを課されています。一方で、無期雇用労働者フルタイム労働者であるYや、有期雇用労働者であるZは、生産効率や品質の目標値の達成の責任を負っておらず、生産効率が低かったり、品質の目標値が未達の場合にも、処遇上のペナルティを課されていないとします。
B社はXに対して賞与を支給しているが、YやZに対しては、ペナルティを課していないこととの見合いの範囲内で、支給していない場合、基本給と同様に、賞与も、給与決定基準が正社員と異なる場合はガイドライン案の適用対象外となります。この場合は「責任を負っているかいないか」が待遇の違いとして認められるケースになります。
役職手当
支給基準として「役職の内容、責任の範囲・程度」を挙げています。「役職の内容や責任の範囲など」に対して支給する場合、同じ役職に就いていたか、または責任の範囲が同一かどうかで判断され、同一の場合、同じ役職手当が必要です。有期雇用労働者であることを理由に、額を変動させることはできません。
役職や責任の範囲などに違いがある場合は、その違いを反映した役職手当を支給する必要があります。以下のように、労働時間に応じて役職手当を減額する場合は問題になりません。
役職手当について役職の内容、責任の範囲・程度に対して支給しているB社において、無期雇用労働者フルタイム労働者であるXと同一の役職名(例:店長)で役職の内容・責任も同じ(例:営業時間中の店舗の適切な運営)である役職に就く有期雇用労働者パートタイム労働者であるYに、時間比例の役職手当(例えば、労働時間がフルタイム労働者の半分のパートタイム労働者には、フルタイム労働者の半分の役職手当)を支給している。
その他の手当
給与や賞与以外の手当については、非正規雇用労働者が客観的にみて、手当の支給要件を満たしている場合、正規雇用労働者との均等処遇を図り、同一の手当を支給するよう求めています。
役職手当を役職の内容、責任の範囲・程度に対して支給する場合
無期雇用労働者と有期雇用労働者で同一の役職・責任に就く場合、無期雇用労働者と有期雇用労働者に同一の手当の支給が必要です。
特殊作業手当を業務の危険度又は作業環境に応じて支給する場合
同一の危険度又は作業環境の業務に当たる場合、無期雇用労働者と有期雇用労働者に同一の手当の支給が必要です。
特殊勤務手当を交替制勤務など勤務形態に応じて支給する場合
同一の勤務形態で業務に当たる場合、無期雇用労働者と有期雇用労働者に同一の手当の支給が必要です。
精皆勤手当
無期雇用労働者と有期雇用労働者で業務内容が同一の場合、同一の手当の支給が必要です。
時間外労働手当(割増率等)
所定労働時間を超えた時間に関しては、無期雇用労働者と有期雇用労働者に同一の割増率などで支給する必要があります。
休日手当、深夜手当(割増率等)
無期雇用労働者と有期雇用労働者のどちらにも同一の割増率などで支給する必要があります。
通勤手当、出張旅費
無期雇用労働者と有期雇用労働者のどちらにも同一の基準で支給する必要があります。
食事手当(勤務時間内に食事時間がはさまれている場合)
無期雇用労働者と有期雇用労働者のどちらにも同一の基準で支給する必要があります。
単身赴任手当
同一の支給要件を満たすのであれば、無期雇用労働者と有期雇用労働者に同一の支給が必要です。
地域手当
無期雇用労働者と有期雇用労働者で同一の地域で就業する場合、同一の支給が必要です。
3.福利厚生
福利厚生については、次の5つの点を挙げてそれぞれの考え方を示しています。
福利厚生施設(食堂、休憩室、更衣室)
無期雇用労働者と有期雇用労働者で同一の事業場で就業する場合には、同一の利用を認める必要があります。
転勤者用社宅
無期雇用労働者と有期雇用労働者で同一の支給要件を満たす場合には、同一の利用を認める必要があります。
慶弔休暇や健康診断に伴う勤務免除・有給保障
無期雇用労働者と有期雇用労働者で同一の付与する必要があります。
病気休職
無期雇用労働者パートタイム労働者には無期雇用労働者フルタイム労働者と同一に付与します。有期雇用労働者にも、労働契約の残存期間を踏まえた付与を行う必要があります。
法定外年休・休暇(慶弔休暇を除く)について勤続期間に応じて認めている場合
無期雇用労働者と有期雇用労働者でと同一の勤続期間であれば、同一に付与する。有期労働契約を更新している労働者の場合には、当初の契約期間から通算した期間を勤続期間として算定するという点には注意しなければなりません。
現在の職務に必要な技能・知識を習得するために教育訓練を行う場合や安全管理に関する措置・給付を行う場合には無期雇用労働者と有期雇用労働者で同一に実施します。
これらの福利厚生のいずれの場合にも合理的で客観的な理由があれば、差異が認められます。
4.その他
教育訓練
非正規雇用労働者に対して教育訓練の機会を拡大することは、同一労働同一賃金ガイドライン案の目的の一つです。機会の拡大によってスキルアップが実現し、待遇改善につながるだけでなく、生産性の向上も期待できます。
「現在の職務に必要な技能や知識」を習得するための教育訓練は、正規雇用労働者と同一の職務内容に従事する非正規雇用労働者には同一の教育訓練を実施しなければなりません。もし、職務内容や責任に一定の相違がある場合は、違いに応じた教育訓練が必要になります。
「教育訓練」とは、「現在の職務に必要な技能や知識」の習得に限定しています。正規雇用労働者に対しては長期的視点から人材を育てる教育訓練も必要になりますが、ここでは長期的な視点の人材育成、能力開発までは含んでいません。
安全管理に関する措置、給付
非正規雇用労働者が正規雇用労働者と同一の業務環境で就業する場合、安全管理に関する措置は正規雇用労働者と同一の措置を、また、給付についても同一の給付といった均等処遇が必要です。
法改正の前でも、企業で対応できる準備はたくさんある
同一労働同一賃金のガイドライン案は、あくまで現状での指針を示しているのみで、必ず法改正される内容を保証したものではありません。しかし、趣旨や目的が大幅に変わることは考えにくく、細部の変更はありうるものの、元々の目的である「正規・非正規間の格差是正」については変わらないと考えられます。
ガイドライン案では、具体的に「どのような格差は認められる・認められない」がビジネスシーンにおける具体例とともに示されています。共通の判断基準としては「客観的かつ正当な理由があるか」という視点です。「正規・非正規である」「過去の経験がある・ない」ではなく「自社に貢献している」といった視点が重要になります。
売り手市場によって、以前は新卒採用のみを行っていた大手企業も、中途採用を積極的に開始しています。異なる経験を積んできた人材が一緒に働く中で、「過去の経験や立場」ではなく「客観的かつ公平な」評価が求められます。
同一労働同一賃金の関連法案が改正される時期に関わらず、公平な人事評価は人材のリテンション(離職防止)施策としても非常に有効です。法改正があるから自社の仕組みをかえるのも必要ですが、法改正の前に、根本的な問題解決を検討してみるのはいかがでしょうか?