ジョブディスクリプションの重要性が高まっている
ジョブディスクリプション(職務記述書)とは、各人のポジションに応じた職務内容、必要なスキル、裁量などを具体的に明記した文書のことです。これまで日本では、外資系企業や外国人採用を積極的に進める一部の企業を除き、あまり普及してきませんでした。日本は様々な業務を経験させる「総合職採用」が一般的で、業務内容を明確にする習慣がなかったためです。
しかし、海外では「専門職採用」が一般的であり、求職者や人材エージェントなどから、ジョブディスクリプションの提示を求められます。実はいま日本においても、2020年5月にトヨタ自動車の豊田章男社長が「終身雇用をを守るのは難しい」という旨のコメントを出すなど、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への転換が進もうとしています。
今後は日本の企業でも、グローバルスタンダードに合わせてジョブディスクリプションを作成して、職務の目的、内容、範囲、必要なスキルや経験、裁量などを明確にして、一気通貫した基準で採用から人事評価を行うこと重要になっていくと考えられています。
「業務内容」への不満で多くの人が離職している
ジョブディスクリプションがより重要になっていくという傾向は、離職に関するデータからも読み取れます。
中小企業庁の調査によると、仕事を辞めた理由として最も多く挙げられているのは「人間関係への不満」ですが、「業務内容」への不満から離職する人材も多く存在しています。
出典元『中小企業庁』第2部 中小企業・小規模事業者のさらなる飛躍
労働政策研究・研修機構の調査でも、「初めての正社員勤務先」を離職した理由として、男性では29.9%、女性では23.4%が「自分がやりたい仕事とは異なる内容だった」ことを挙げていることが分かりました。
出典元『独立行政法人 労働政策研究・研修機構』若年者の離職状況と離職後のキャリア形成(若年者の能力開発と職場への定着に関する調査)
これまでジョブディスクリプションが一般的ではなかった日本ですが、実は「職業安定法5条3項」によると、労働者の業務内容は求人票に書かなければならないと定められています。しかし、求人票の記載小目と実態が異なることに起因する「求人詐欺」といわれるトラブルは多発しています。
ジョブディスクリプションを作成して具体的に業務を明確化することは、離職防止はもちろん、採用時のトラブル回避にも役立つのです。
今回はジョブディスクリプションの定義や目的、企業と働き手の双方にとってのメリット・デメリットを解説します。
ジョブディスクリプションとは?日本で浸透していない理由
ジョブディスクリプションとは、具体的な職務内容、範囲や難易度、職務の目的、目標、職務を遂行するために必要となるスキルや能力、経験、技術、資格、学歴、裁量の範囲や権限、責任などが、ポジションごとに明記された文書のことです。日本語では職務記述書と訳されます。
アメリカなどでは、ジョブスクリプションが一般的となっています。理由として、海外の採用や報酬の決め方として「どんな仕事や業務を行ってもらうか」が前提になっているからです。お願いする業務の難易度や量などを把握することで、採用するポジションに適した人材のスキルなどが明確になります。
日本では、人材の能力に対して報酬を支払う職能給が一般的でした。終身雇用が前提となっていた時代において、一つの業務に特化してもらうよりも、様々な業務についての知識や経験を深めてもらうことで、会社の状況に応じて都度必要な立場についてもらうためです。しかし日本で売上を最も上げているトヨタ自動車や経団連でさえも「終身雇用制度の限界」を感じています。そのため、海外で広く用いられているジョブスクリプションが注目されています。
ジョブディスクリプションの目的について
ジョブディスクリプションを作成する目的は、そのポジションに就く人と組織全体が、その人自身の責任や果たすべき役割、期待される成果を明確に理解し共通認識を持つことです。
業務内容や期待される成果について共通認識がもてることで、業務内容によるミスマッチがなくなり、早期離職も減少することが期待できます。何をすべきかが明確になることでやるべき業務だけでなく、やる必要のない業務も明確になるため、労働生産性の向上も期待できます。
ジョブディスクリプションを作成する企業側のメリットとは
ジョブディスクリプションを作成する企業にとってのメリットは、下記が挙げられます。
- 採用時の人材の評価基準が明確になる
- 採用時と同じ基準で人材を評価でき、異動・昇進・降格などの納得感を得られやすい
- 採用のミスマッチ防止に役立つ
- 優秀な人材を獲得しやすくなる
- パフォーマンス評価や組織貢献度把握を行いやすい
- 各ポジションの期待値と成果の差異に基づいた人材育成プランを立てやすい
- 個人と組織の業績向上を図りやすくなる
- 整理解雇の際にも訴訟などの法的リスクを回避しやすい
やるべき業務内容や難易度が明確になっていれば、評価基準も明確になります。ジョブディスクリプションに記載されていることが達成できたかどうかで評価を行うことができるため、企業にとっても従業員にとっても分かりやすい評価基準を設けることができます。評価基準が明確になるため、昇進や降格なども客観的な基準で判断できるため、納得感が得られやすくなります。
業務内容や期待される成果について共通認識がもてることで、業務内容によるミスマッチがなくなります。「業務内容が合わなかった」という理由で早期離職する人材は多くいるため、採用する前の段階で、求職者は業務内容を確認する、企業は求めているスキルを確認することでミスマッチが起きづらくなります。
ジョブディスクリプションを作成する企業側のデメリットとは
ジョブディスクリプションを作成することの企業にとってのデメリットや問題点としては、下記点が挙げられます。
- ジョブディスクリプションに記載していない業務を依頼しづらくなる
- 自発的に相互サポートが生まれる職場環境が失われる(工夫が必要になる)
ジョブ・ディスクリプションで業務内容が明確になることで、記載していない業務は「本来の役割ではない」ととらえられ、依頼しづらくなります。雑務や想定していなかった業務への対応については、別途従業員と取り決めしておくと良いでしょう。
社会全体の変化に伴い、業務内容も変化していきます。採用段階で使用したジョブ・ディスクリプションが古くなっている場合、昇格のタイミングなどで従業員に確認しながらジョブ・ディスクリプションを更新することが大切です。
ジョブ・ディスクリプションには、同僚や後輩の仕事を手伝うなどの記載がないのが一般的です。サポートをしなくても自身の評価が変わらないのであれば、自身の業務だけをこなす働き方になってしまいます。評価項目の一つとして「同僚や後輩をどれだけサポートしたか」などの項目を追加することに合意をとっておく必要があるでしょう。
ジョブディスクリプションを作成する従業員のメリットについて
ジョブディスクリプションを作成する従業員にとってのメリットは、下記が挙げられます。
- 入社前に期待値を把握でき、自ら成果予測できる
- 自分のミッションに集中して戸惑わずに働ける
- 生産性向上や業績向上を図りやすい
- 基本的にはジョブディスクリプションに記載していない業務に責任を負わないため、ワークライフバランスを図りやすい
- ポジションへの期待値と成果を自ら評価し、自律的にスキルアップできる
- 評価に対して納得感を持ちやすい
ジョブスクリプションによって、従業員自身のやるべきことや役割が明確になっているため、業務に注力することができます。業務で必要となる知識についても明確になっているため、将来的に必要な勉強もやりやすくなり、結果生産性の向上につながります。
ジョブスクリプションに記載されている業務のみを行えばよいため、比較的自由な働き方が可能になります。目標とするノルマを達成できるのであれば、ある1週間は時短勤務にし、別の1週間で残業しながら注力的に行うなど、ワークライフバランスがとりやすくなります。
ジョブディスクリプションを作成する従業員のデメリットについて
ジョブディスクリプションを作成する従業員にとってのデメリットや問題点としては、下記が挙げられます。
- ジョブディスクリプションに記載してることだけやっていればいいとの考えから、自己成長意欲やモチベーションが低下する
- チームメンバーがジョブディスクリプションの範囲内しか行動したくない場合、思うようにチーム単位での業績向上を図りづらいケースがある
ジョブスクリプションに記載されていない項目については、やる必要がない業務としてとらえられます。今後ジョブスクリプションに追加されると想定しなければ、業務外の知識について学ぶ機会が損失してしまいます。働く上で身につけたい知識があったとしても、ジョブスクリプションに記載されてないければ評価につながらないと考えられるため、学ぶモチベーションについても低下しやすい傾向にあります。
チームワークにおいても、例えば「新しい案件を月に5件獲得する」ことがジョブスクリプションに記載されている場合、他のチームメンバーが月に5件獲得した時点で6件目を目指さなくなる可能性もあります。6件目を目指したほうがチームとしての業績はあがりますが、ジョブスクリプションに記載がないため、誰も指示することができず、結果チームとしての業績向上につながりにくくなってしまいます。
ジョブディスクリプションで「採用のミスマッチ」防止に
ジョブ・ディスクリプションとは、各ポジションの職務内容を明確にしたものであり、外国企業などの専門職採用では一般的に使われているものです。
ジョブディスクリプションには具体的な職務内容や目的、目標や権限などだけでなく、必要なスキルや経験なども記載するため、採用活動において自社の求める人物像が明確になるだけでなく、採用のミスマッチを解消できる可能性が高くなるでしょう。