心理的契約とは?暗黙のミスマッチをなくし、早期離職を防止するために

早期離職を改善するカギがミスマッチの防止

日本における長年の人事課題はとして早期離職率の高さが挙げられます。

厚生労働省の調査によれば、就職3年以内の大卒離職率は20年以上に渡り、ほとんどが30%を超えています。

大学卒の離職率
出典元『厚生労働省』学歴別就職後3年以内離職率の推移

早期離職によって生じる問題はさまざまにあります。人材獲得に費やした費用や時間・労力などのコストだけでなく、入社後の育成にかけた人件費・時間・労力も莫大なものになります。新卒が即戦力で活躍を期待できるケースは極めてすくなく、一般に独り立ちするためには3~5年の実務を要すると言われています。戦力になる前に人材が流出してしまうと企業としては大きな赤字となります。若手社員が育たなければ、中長期的な経営を視野に入れたとき大きな痛手にもなりえます。

OJTと独り立ちするまでに必要な期間
出典元『リクルートワークス研究所』人材流動性とOn the Job Trainingに関する探索的研究

なぜ早期離職が起こるのでしょうか?内閣府の調査を参照すると、初職の離職理由として「仕事が自分に合わなかった」「人間関係がよくなかった」「労働条件がよくなかった」などが挙げられています。

初職の離職理由
出典元『内閣府』特集 就労等に関する若者の意識

キーポイントとなっているのが、入社前後のギャップです。離職理由の上位に挙げられている理由は、どれも入社前の理想と入社後の現実のギャップによる「こんなはずじゃなかった」という失望が原因と言えます。

早期離職の対策として重要なのは理想と現実のギャップを小さくすることです。今回は採用時における「心理的契約」について紹介します。この概念がなにを意味し、人事業務の現場でどのように活用できるかを解説します。

心理的契約とは?明文化されていない期待や約束

心理的契約とは「当該個人と他者との間の互恵的な交換において合意された項目や条件に関する個人の信念」のことです。心理的契約については、1960年代にアメリカで提唱された概念で、カーネギー・メロン大学のRousseauが学問として厳密に定義しました。

心理的契約を具体的に説明すると、特に雇用契約において、雇用当事者たちがどのようなことをなぜ守るかについての概念です。契約の際にはかならず契約書が存在しますが、雇用では実務面以外でも、仕事への意欲ややりがい、個人のキャリア志向など様々な問題が付随します。

契約書はすべてについての詳細な取り決めを明文化することができず、書かれていないことについては互いが互いのメリットを得るように合意しなくてはなりません。明文化された取り決め以外の相互的な約束を心理的契約と言います。

なぜ心理的契約が守られるのか

契約書によって明文化された取り決めについては第三者による立証が可能です。しかし心理的契約による約束には法的拘束力がなく、極論を言えば「守る必要はない」ということになります。

なぜ心理的契約が守られるのでしょうか?Rousseauによれば、それは「社会的関係における評判」だといいます。たとえば日本においては終身雇用が明文化されていないにも関わらず、守られている風潮が長く続いています。長期的な雇用が被雇用者に長期的な経済的安定をもたらし、雇用主にとってその事実は企業の健全性を示すことになります。

被雇用者の早期離職が続けば「あの会社はブラック企業なんじゃないか?」という悪評が立つ可能性があります。だから雇用主は従業員が働きやすい環境を自発的に整えます。双方の社会的な安定を獲得するために、心理的契約は互いの努力によって守られるのです。

心理的契約を活用する2つのメリットとは?

心理的契約が守られることには大きく分けて2つのメリットがあります。

1つ目は「明文化されていない物事の共有」が行えることです。雇用には実務面の取り決めだけでなく、会社の理念・社風とのマッチングや従業員がどのようなキャリアを望んでいるか、企業側が従業員それぞれにどのような人材に成長して欲しいかなど、明文化できない多くの事柄の精査が重要になります。心理的契約がきちんと機能することで、事柄が双方の歩み寄りによってコストをかけずに共有できるようになります。

もう1つは、企業と従業員の結びつきの強化につながるということです。心理的契約では双方が互いにメリットを提供し合う関係性を生みます。互いが提供しあうものは雇用契約として明文化されたものではなく、あくまでも自発的なものです。提供されたものが期待通りのものか否かを検討することで、関係性の良し悪しを互いにフィードバックすることができます。

重要なのはフィードバックがそれぞれの内部だけで自己完結させないことです。互いに何を求めているか、そのためにはどうすればいいかの対話を重ねると、より深く強い関わりかたができるようになります。心理的契約に基づく「明文化されていないことへのコミット」により、企業と従業員の結びつきを強化することができます。

心理的契約を活用する注意点について

心理的契約は双方の歩み寄りによって成立する概念ですので、もちろん活用においての注意点があります。

最初に念頭においておくべきことは、あくまでも法的な拘束力がないということです。契約書に書かれていない約束については、それが双方の意思で守られるのと同様に双方の意思により破棄されるリスクも持ち合わせています。実務上かならず守ってもらいたい項目については契約書として明文化する必要があります。

明文化されていない事柄を扱うため「思い込みによるすれ違い」が生じる可能性もあります。だからこそ、お互いがなにを期待しているかについて定期的に対話を行うことが大切です。

心理的契約は企業と従業員の結びつきを強くしますが、同時に結びつきの強さによって支えられている関係性でもあります。ちょっとした不満や解釈の違いが、心理的契約を破綻させるきっかけにもなりえます。

心理的契約のミスマッチが早期離職を引き起こす

心理的契約とは、明文化されていない約束を双方の互恵的な関係により守ることです。心理的契約は法的拘束力がないあいまいな約束であるため、思い込みによるミスマッチが生じやすいことに注意する必要があります。

心理的契約による約束を破棄したとしても罰せられるとは限りません。しかし裏切ることになると社員のモチベーション低下による離職率増加や、悪評による企業イメージの低下などにつながる恐れがあります。

労働契約書に記載できる契約内容には限界があり、それゆえに明文化されていないことをどれだけ共有し、守っていくとめには企業も従業員の双方の努力が必要です。契約書に載せきれない心理的契約のミスマッチを防止して「こんなはずじゃなかった」が原因の早期離職を防ぎましょう。

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