行動心理学の知見を人事業務にも活用する
ビジネスシーンでは様々な行動心理学やその効果が活用されていることをご存知でしょうか?
たとえば、人の行動から何を考えているか推定できる行動心理学に精通していることで、商談などで有利に事を運べることもあります。行動心理学を上手に活用できれば、相手から自分がどのように思われているかがわかります。顧客のニーズを捉えることで、おすすめの商品の広告を配信したり、新商品を開発する参考にしたりすることも可能になるでしょう。広告にも行動心理学のテクニックが数多く活用されています。
具体的な心理効果の例を挙げてみると、「人気のある企業であれば安心して応募できる」と人が人を呼ぶ現象でもあるバンドワゴン効果、「後輩や部下に期待するほど、期待に答えようとパフォーマンスが向上する」ピグマリオン効果などもその一部です。
ビジネスの現場の多くでさまざまな心理効果が活用されていますが、人事や経営に携わる人にとって活用したいのが、人材採用の場面ではないでしょうか。人材サービスを展開するディスコによると、母集団形成状況で想定よりも応募者が少ないと回答した企業は過半数以上で、多くの企業が母集団形成に苦戦を強いられています。母集団形成を実現するためにも、自社に興味を持ってもらい、応募してもらうことが課題となっています。
出典元『株式会社ディスコ キャリタスリサーチ』2019年卒採用活動の感触等に関する緊急企業調査
今回はコントラスト効果がビジネスシーンに与える影響や具体例について説明します。
「コントラスト効果」がビジネスシーンに与える影響
コントラスト効果(contrast effect)とは、「対比効果」または「知覚のコントラスト」「コントラストの原理」とも言い、2つ以上の物事を比較した時に差があると、その差が実際の差より大きな差として感じられる心理的な現象です。2番目(2番目以降)に提示されるものが最初に提示されるものと大きく異なる場合、実際以上に最初のものと異なって見えてしまう心理的傾向とも説明できます。
たとえばあなたが10kgの米袋を持ったとしましょう。そのあと5kgの米袋を持ったとします。この時、気持ちとしては「確かに重いけれど耐えられる」レベルではないでしょうか。その後1kgの米袋を持ってから5kgの米袋を持ってみてください。最初の10㎏の米袋を持った後より重く感じられるはずです。これが、経験上誰もが陥る「コントラスト効果」です。
「コントラスト効果」が有効となるビジネスシーンの例
営業職などでの事例
不動産業界には「当て馬物件」と呼ばれるものがあります。
顧客を、実際に販売や賃貸に出したい物件の前にあまり魅力的でない物件(当て馬物件)に案内してから本命の物件に案内すると、顧客は本命の物件をより魅力的に感じやすくなります。
採用業務での応用
数社で開催される合同説明会などに参加する際、参加している学生にとって、自社が周りの競合より魅力があると感じてもらうため、PRする際は、わかりやすく他と比較できる数字などを使いましょう。
たとえば業界シェア、世界規模、競合他社、経年比較(提示するのは、自社より低いもしくは悪い数値)を使用し、「日本で最大、世界的なシェア〇%」など、自社をより良く見せることは、マーケティングの観点からもよく行われています。
人事システム導入の際の事例
システムなどを新しくする際に、購入決定後にオプションを勧められると購入する確率が高いと言われています。すでに高額なシステムを購入することを決断しているので、それと比較すると、たとえば数万円のオプションサービスはささやかな金額に感じてしまいがちです。
まずは全体でもっともボリュームがあるものを決定させて、その後にそれより安価なオプションを追加すると、受け入れてらえる確率は高くなるのです。
「コントラスト効果」はどのように発揮されているのか
人は多くの場合、何かと対比されることによって差を大きく感じます。対比(コントラスト)効果は商品の売り買いの場面だけではなく、人と人の交渉事においても応用が可能です。
会社が人員整理をする際に「会社を辞めるか、給料の30%カットを選ぶか?」と問うと、対象者の多くが給料30%カットの方を選ぶ調査結果があります。対象者は職を完全に失うよりも、給料が大幅にカットされてもまだ仕事がある方がマシであると判断しているわけです。心理学的にも、こういった心の働きがいわば『対比(コントラスト)効果』によるものと考えられてます。
コントラスト効果は交渉事全般に応用ができますが、対比効果を有効に利用するには必ず(相手にとって)最悪の条件から提示し、次にそれよりは良好な条件の順に提示していくことがポイントです。
ビジネス上で扱う数字などでも頻繁に活用されています。業界水準値や他社の数字と比較することで(提示するのは、自社より低いもしくは悪い数値)、その後に「世界的なシェア〇%」「日本初!〇〇賞、■年連続受賞」などと自社をより良く見せることは、マーケティング的観点からよく行われています。
家電量販店などの店舗サービスを展開しているところでもコントラスト効果は活用されています。陳列されているものはいろいろありますが、一番目に付くところに格安商品ではなく、ハイエンドモデルの最高級商品がディスプレイされていることが多いでしょう。その後ろに格安商品やミドルレンジの価格帯の商品が目につくところに陳列されます。最初に高価格商品を見た後にそれよりも価格の低い商品を見た場合、それほど安い商品でなかったとしても、非常にお得感を感じるためです。
コントラスト効果が発揮されたことで起こる効果について
コントラスト効果は、交渉事をはじめビジネス全般に応用が出来ます。但し、対比効果を有効に利用するには、必ず(相手にとって)最悪の条件から提示し、次にそれよりは良好な条件の順に提示していきます。
コントラスト効果は、面接や人事考課面談の際に評価者が陥りやすい評価エラーの一つでもあります。一定の評価が行えず、他の人と比べて評価をしてしまうと、評価基準に従った明確な評価が行えないために総じて相対的な評価となり、採用活動全体の質の低下を招く恐れがあるので注意が必要です。
対比効果を防ぐためには評価基準を明確にし、面談場面ではできるだけ具体的で客観的な行動事実を確認する『コンピテンシー面接』などの手法を用いることが有効です。質問手法を習得するための面接官トレーニング、評価者トレーニング等の実施も不可欠でしょう。
注意したいのは、失敗の弁明などをする際には単純な陳謝と言い訳から入ると失敗してしまいます。まずは相対的に無難な事柄や特に他の成功した事柄を比較対象に触れてから、失敗の件に触れる様にしましょう。対比の順序を間違えると却って逆効果になるので、充分に注意が必要です。
案件を5つ担当していたとして、内一つが失敗したとします。この失敗した件を最初から上司に報告するよりも、成功した他の案件から説明して、最後に失敗した案件の報告をします。必ずという保証はありませんが、 上司の叱責は比較的軽く済むハズです。
人は何かを判断する際に、相対的に物事を捉える認知特性があります。そこでクローズアップされるのが「意外性」や「ギャップ」です。たとえば見た目が屈強な男性が、動物を可愛がっている姿を観るだけで、勝手に「とても良い人だ」と思うことはありませんか?それは意外性やギャップに影響されているためです。あくまでも一例ですが、無意識か意図的かという問題はありますが『対比(コントラスト)効果』の正しい活用で、対人関係の好転がはかられる可能性はあることを覚えておくとよいでしょう。
マーケティングや対人交渉術においても、使い方を誤らなければ比較的効果が明確なものです。
「コントラスト効果」の影響を知り、過度に惑わされないようにする
コントラスト効果とは情報を比較させたときに、実際の差よりも大きく感じる心理効果であり、営業やマーケティングだけでなく、人事業務にも密接に関係している心理効果です。
採用活動などでは、コントラスト効果は最大限に活用していくとよいですが、人事評価などでは、コントラスト効果に陥っていないか、客観的な視点で判断する姿勢が不可欠です。