誰もが持ちうる心理的現象、サンクコスト
家族で好きなアーティストのライブを見に行くとします。楽しみにしていたわりに残念ながら盛り上がっていません。自分としては「高いチケットだしもったいないから最後まで見たい」と思いますが、家族は「我慢して聴いていてもお金は返ってこないし、家に帰るかご飯を食べに行こう」と言います。
この時に「せっかくかけた投資(チケット代や電車賃)」と感じるものを「サンクコスト(埋没費用)」と言います。お金は返ってこないならば、盛り上がらないライブを最後まで見るよりは、他のこと(帰宅、ご飯を食べに行くなど)をしたほうが、本来はさまざまな側面から得なのです。
こういった事象は、ビジネスのさまざまなシーンでも見られます。たとえば人材採用がその最たる例の一つです。
マイナビの調査によると、入社予定者1人あたりの採用費は2019年卒の全体平均で53.4万円と言われています。多くの人事担当者は、このコストを「もったいない」と感じ、期待したより成果を出しにくい社員ややる気のない社員にも、優秀な社員と同じだけの労力(研修など)をかけてしまいます。
出典元『マイナビ 新卒採用サポネット』新卒採用の予算について
こういった採用コストの削減は、人事担当者や経営者の方にとって大きな悩みの一つかと思われますが、コスト削減に取り組む際には「サンクコスト」について知っておく必要があります。
今回はサンクコスト効果の特徴などについてご説明します。
サンクコスト効果とは?
サンクコストとは、すでに回収が不可能なコストのことです。英語では「Sunk Cost」と言い、「Sunk」=「沈む」という意味で『沈んでしまって取り返すことができない状態にある』ことを示しています。サンクコストは埋没コストとも呼ばれます。一般的にサンクコストの「コスト」は、日本語の「費用」を意味することが多く、費用や労力などの人的コストを表しています。すでに支払ってしまった費用、取り返すことのできない過去の時間などはサンクコストの対象です。
サンクコスト(埋没費用)は、過去に払いもはや取り戻すことができない費用のことです。将来に関する意思決定をする場合はサンクコストを考えず、今後の損益をだけを考えるのが合理的な判断です。
将来にわたって金銭的な面だけでなく、精神的・時間的な投資をし続けることが損失になることが明らかでも、それまでの投資で失った費用や労力を惜しむ気持ちが生まれ、投資を継続することがあります。これが「サンクコスト効果」です。
サンクコスト効果の具体例について
サンクコスト効果は、「コンコルド効果」という別名でも呼ばれています。1960年代にイギリスとフランスが共同で開発した、超音速旅客機の名称に由来します。
コンコルドは、英国とフランスが共同開発した超音速旅客機です。一般的な飛行機の2倍のスピードを誇り、開発当時は『夢の旅客機』とも呼ばれていました。ところが開発に膨大なコストと時間がかかった上に燃費が悪く、機体構造上搭乗者は100人だけとなってしまい、開発段階から商業的に成功することは不可能だと誰もが理解していた事業です。それでも開発は続けられましたが生産台数わずか20機。路線も限定して定期運航しましたが、採算は合わず膨大な赤字だけを残して、2003年に運航停止となりました。この事例から、サンクコストに惑わされ不採算の事業をやめられないことを「コンコルド効果」とも呼ばれるようになりました。
特に組織の場合は「仮に中止したら誰かが責任を取らないといけない」といった責任問題が発生します。自分が責任を負いたくない、上司の経歴に傷をつけるわけにはいかないなどの不要なプライドの問題も出てくるため、余計に後に引けなくなってしまう、ということです。
サンクコスト効果が起きる原因について
サンクコスト効果は「認知的不調和」や「一貫性の原理」といった複数の心理効果が重なった結果として発生すると言われています。
「認知的不調和」とは、自分自身の損失を認めたくないために、要因を外部に求め自分自身を正当化する心理です。「一貫性の原理」とは、自分自身で意思決定したことに、最後まで一貫性のある行動をとろうとする心理のことです。一貫性は、社会的にも評価される指標であるため、顕在的であっても心理的な影響をもたらしているとされています。
サンクコスト効果の対策方法について
判断をゆがめるサンクコストの罠はあちこちにあります。仕事でもプライベートでも「ここまでやったから今更やめられない」「何のために頑張ってきたんだ」と思ったら、サンクコストに惑わされていないか、冷静になって考えてみることです。
ビジネスシーンにおいては、多額の費用を投じて新規事業を立ち上げた際、事業がうまくいっていなかったとしても投じた費用を考えてあとに引けなくなります。そして、損失はさらに増していくことも少なくありません。
ある企業が長時間をかけてマーケット調査を行い、万全の準備を行った社運をかけた新規事業があったとしましょう。しかし2年連続で赤字です。事業の進退を決めるべきタイミングに、企業としては参入時のイニシャルコストなどを考えてしまい、回収できるまで事業を継続しようと考えてしまいがちです。しかしすでに投じたコスト=サンクコストなので、本来であれば今度の発展性が見込めるかどうか、というポイントだけにおいて決定するべきといえます。
過去の投資に価値があるという錯覚を引き起こすサンクコスト効果は、ビジネスにおいてさまざまな悪影響を及ぼします。行動経済学の観点においては、現在や未来なども踏まえた合理的な意思決定のためには、サンクコストは無視するべき=今と未来を意識することが大切だと言われています。過去ではなく、将来を見据えて意思決定を行うことが重要です。
サンクコスト効果が正常な判断を狂わせる
コスト削減に取り組む際にはサンクコスト効果に注意が必要です。サンクコスト効果に陥ると、損切りができずに余計なコストを投入し続けて、企業の成長や組織の運営に悪影響を及ぼします。
サンクコスト効果は、採用時や人材配置など、人事業務においてもさまざまな場面で発生します。サンクコスト効果による無駄なコストの投入を防いでコスト削減につなげましょう。