評価する側と評価される側に生じる齟齬
働き方改革やダイバーシティの推進により、現在のビジネスシーンでは過去の慣習にとらわれない人材マネジメントが重要な企業戦略にもなっています。
人事評価や人材起用に注目すると、日本ではこれまで年功序列であったり終身雇用といった評価制度が主流でした。しかしトレンドの移り変わりが速く、柔軟性と対応力、そしてアイデアの独創性がこれまで以上に求められるようになった昨今において、従来の評価制度は時代遅れのものとなっています。経験や社歴でなく、今現在の実力を正当に評価し、若手やベテランにとらわれることなく、適材適所の人材を抜擢していくことが大切です。
一般的な課題として上記のことが挙げられる人事評価制度ですが、アデコにより興味深い調査が報告されました。アデコは、人事評価制度の満足度や適切さを「評価される側」と「評価する側」にアンケートを行いました。その結果、従業員のうち6割程度が人事評価制度に満足していないということが指摘されました。
出典元『THE ADECCO GROUP』6割以上が勤務先の人事評価制度に不満、約8割が評価制度を見直す必要性を感じている
人事評価の見直しについては従業員の75%がその必要性を主張しているにも関わらず、上司の8割が評価は適切だと回答しているというように、「評価される側」と「評価する側」では人事評価制度に対する認識に大きな齟齬が存在しています。
出典元『THE ADECCO GROUP』6割以上が勤務先の人事評価制度に不満、約8割が評価制度を見直す必要性を感じている
出典元『THE ADECCO GROUP』6割以上が勤務先の人事評価制度に不満、約8割が評価制度を見直す必要性を感じている
公正かつ公平な人事評価制度を作るためには、客観的で具体的な評価項目・評価基準の設定が不可欠です。近年ではベンチャー企業を中心に一芸に秀でた社員や若手社員の積極的に起用する抜擢人事が増えてきています。一方で、日本は年功序列の評価制度が定着しているのもあり、抜擢人事により職場の人間関係に不和が生じるという例もないわけではありません。
評価にまつわる人間関係の不和は組織力の低下を招きます。しかしながら低い評価をつけざるを得ないとき、人間関係の問題から「負い目」を感じる人も少なからず存在します。こうしたことが起こると、評価対象者全員が「高い評価」になってしまうということもあり得ます。これもまた、評価する側と評価される側の認識の齟齬にもつながります。
評価者の主観や思い込みが強く反映されてしまうと、人事評価制度によって得られる恩恵が損なわれてしまします。今回は、人事戦略の要でもある人事評価制度で注意すべき「近接誤差」について概要と対策を紹介します。
近接誤差とは?どのような評価エラーなのか
近接誤差とは、評価を行うときからみて時間的に近いできごとや印象を重視して評価してしまう現象です。
近接誤差とを理解するうえで重要なのは、あくまでも「時間的な近さ」であることです。上司・部下・同僚といった人間関係の心理的距離に起因するものではなく「最近のできごとほどよく覚えている」ということに起因する心理的偏向です。
近接誤差が生じると評価が断片的になり、総合的な働きについての評価ができなくなります。
近接誤差の具体例について
近接誤差の具体例に挙げられるものとして、評価期間の終盤で成果を残した従業員を高く評価してしまうことがあります。
四半期の評価期間のなかで序盤はほとんど実績をつくることができず、特に努力をしていなかった部下がいたとします。しかし、期間の後半にたまたま大きな仕事をとってきたことが起こると、評価期間内で実績が強く印象付けられます。もちろん、実績は高く評価すべきです。しかしその印象に引っ張られると、評価期間全体を俯瞰した視点が損なわれ、総合的にどのような働きぶりだったのかを正しく評価することができなくなってしまします。
近接誤差の問題点について
「近接誤差」と似た概念で「期末誤差」というものがあります。これは評価期間後半の印象に引っ張られて人事評価に偏りが出てしまう現象であり、前述のようなシチュエーションも該当します。
期末誤差は比較的長い評価期間が設けられている前提で観測される評価の偏りですが、近接誤差はより多くのシチュエーションで見られる現象です。近接誤差のなかに期末誤差が含まれると整理すれば理解しやすいでしょう。
近接誤差は人事評価のみならず、採用試験や採用面接の場でも起こることがあります。選考でグループディスカッションを行ったときのことを考えてみましょう。グループディスカッションの評価基準は様々ありますが、組織がひとつの決断を下すにあたり、構成員がどのような役割を果たすかという適性を見極めることが大切です。終盤までほとんど議論に参加していなかった人が、終盤にひとつだけ発言したことが最終的な組織の結論になるということもあります。そうすると発言者の印象は強く残り、組織の中心的人物に見えてしまうこともあります。
会議の場において、終盤の存在感のみで「場をずっとリードしてきた」ように思えてしまうことはよくあります。これも近接誤差のひとつです。
最終的な結果を重視し評価を行なっていると、表面的な側面ばかりをとりあげてしまうことになります。結論・結果を出すまでのプロセスを重視したい場合、近接誤差が含まれてしまうと見極めの精度がぐっと落ちてしまうことが問題点として懸念されます。
評価される側に「最後の状態だけが評価される」と悟られてしまうと、プロジェクト開始直後から中盤までのモチベーションが低下するということも起こります。
近接誤差の対策方法について
近接誤差の対策方法は、とにかく行動記録を細かく残すことです。人事評価制度の運用であれば、評価期間内に細かく中間評価や面談などを設けることで対策ができます。
近接誤差による評価エラーは評価期間初期のことを忘れてしまうことで発生し、評価期間が長いほど発生しやすい特徴があります。これらを潰すように評価期間に区切りをつくり、評価や面談の記録を残すと、近接誤差の原因は解消されます。
印象評価に偏りすぎないように評価項目の定量化を行うことも大切です。最終的な目標達成率だけでなく、日々の行動予定も「◯◯を×件おこなう」など数字で管理すると、記録に残しやすくなります。
評価期間内での評価ブレをなくすためには、ストレスなく日々の業務記録を残し、共有することが大切です。
近接誤差は記録を残すことでなくせる
近接誤差とは、直近の出来事の方が強く印象に残ってしまい、評価期間全体の実際の成果よりも評価が高くなったり低くなったりしてしまう心理的偏向の一種です。
近接誤差と似た概念で「期末誤差」がありますが、これは「狭義の近接誤差」ととらえることも可能です。近接誤差は人事評価のような長期間を対象としたものから、就職試験・面接のような短期間のものまで、さまざまなシチュエーションで発生します。
近接誤差によって偏った評価をしてしまうと、不当な評価をされた当人だけでなく周囲の人のモチベーション低下にもつながります。それにより生産性の低下や組織の団結力の弱体化が生じ、人事戦略全体に大きな影響が出る恐れがあります。人事評価の公平さ・公正さが組織としての強さに直結することを改めて認識し、正しい人事評価を行いましょう。