人事業務における現在志向バイアスの影響とは?立ち止まって考える

企業の採用活動にも影響を及ぼす現在指向バイアス

企業の多くは、人事業務における中長期的な視点を重視しています。

就職白書2021によると、入社予定者の採用人数に満足している企業は56.0%、入社予定者の質に満足している企業は71.3%で、人数・質ともに満足のいく結果になったという企業はまだまだ十分でないことが見て取れます。

入社予定者への満足度
出典元『就職みらい研究所』就職白書2021

労働力人口が減少する影響で、企業の多くは優秀な人材の獲得競争が激化する中、採用基準を多少緩くしてでも採用人数を増やしたいと考える傾向にありますが、この時「現在志向バイアス」に陥らないよう中長期的な視点で考える必要があります。

今回は、現在志向バイアスについての特徴や企業に与える影響・デメリットなどについてご説明します。

人事業務における現在志向バイアスの影響とは?

現在志向バイアスを一言でいうと「未来の利益よりも目先の利益を優先してしまう」という心理のことです。

たとえば今もらえる5万円と1年後にもらえる7万円、どちらかを選ばなければいけない場合にどちらを選びますか?という質問をされたとします。「未来の喜び」というのはなかなか想像しにくいものです。逆に、手に取れる場所に利益が現れたときには、人の心は素直に動き行動します。このような心理状態を、行動経済学では「現在志向バイアス」と呼ぶのです。

従来の経済学では「人は合理的に行動する生き物」だと考えられてきました。しかし人の行動は合理的ではなく、心理的な作用に大きく影響を受けるということが現代では通説になっています。こういった、合理的な判断以外の経済行動の法則などを研究している分野が「行動経済学」です。

現在志向バイアスの人事業務における具体例について

後で苦労するとわかっているのに、やらなければいけない仕事を先延ばしにしてしまう。締切間近なの仕事の前に、簡単そうな仕事に取り組んでしまう。そういった経験をもつビジネスマンは少なくないのではないでしょうか。

人は、いつも目の前にある事柄を過大に評価してしまう『現在指向バイアス』というバイアス=評価のゆがみを持っています。長期的な計画をきちんと立てても、いざその計画を実行する段階になると、他のことをかたづけてから始めよう…といった “目先の利益” を優先して結果的に後々困った事態になる、というのが現在志向バイアスです。

上司や周りに途中報告をする必要がなくて一人で進めている仕事や、仕事の優先順位的にはそれほど高くない仕事に取り組んでいる時、重要な仕事を任されているにもかかわらずなかなかとりかかれない、などといった時に自滅的な選択につながりやすいと言われています。

人事部門の業務で見ても、採用活動で採用したい人の質よりも人数を優先してしまったりすることは現在指向バイアスにかかっている一つの例です。人の配置にしても同様で、不足しているところに補充することを優先してしまい、本人の希望を無視した配属や異動を行うことなどは現在しか見ていないという証拠です。こういった行為によって、効率的な人事採用、優秀な人材の育成が阻害されるというリスクにつながるのです。

現在志向バイアスが企業に与えるデメリットについて

現在指向バイアスの中で重要なのが「意志力」という考えです。「意志力」とは、脳科学の分野で実証されているもので、別の言葉では「やる気」と言い換えることもできます。私たちヒトが何か行動を起こす際には、必ず「意志力」を使い、消耗しています。

現在指向バイアスにとらわれないためには、ある程度の「意志力」が必要と言われています。たとえば、仕事が忙しくなると机の周りなど自分の周辺が散らかってきたり、身だしなみに気を使わなくなったりするのは、意志力が落ちてきているわかりやすい例です。

特に意志力を大きく消耗するのは、計画外の事態が突然発生して予期しない自己管理コストが発生した時です。ただでさえ消耗している意志力に計画外の負担がかかり、力の配分に大きな無駄が生じると言われています。

意志力を常に一定に保つことは難しいですが、現在指向バイアスによって偏った採用や育成が行われることは組織力の低下につながります。計画を無視した採用を継続することで、社員はモチベーションを失います。本人の希望を無視した配置や異動も、大いにモチベーションを低下させるでしょう。

現在指向バイアスがマイナスの方向に影響することは、結果として社員の離職という最悪の結果につながる原因にもなるのです。

人事業務における現在志向バイアスの対策方法について

個人レベルでは、自制を必要とする仕事を悩まずに行動できるように習慣化させていくことが望まれます。バイアスにかかりやすい環境から自分を遠ざけ、意志力を消耗せずに自らの仕事を継続できるようになるでしょう。将来の自己実現に明確なイメージをもって、希望をもって働ければ、より高いレベルの自己管理に意志力を投入できるようになります。日報や報告書も習慣化すれば、負担に感じることはありません。

「プレ・コミットメント」=あらかじめ、結果を出すことを約束しておくことも有効です。人事部門の業務でも、常にグループによる意思決定や責任の負担を分散させて状況を可視化する仕組みを構築したり、プロジェクトの細分化や途中経過の報告義務を織り込むといった手法が考えられます。

ミーティングなどで主題の課題は後回しになり話が寄り道にそれたりするのも現在指向バイアスが影響しています。これを防ぐにはあらかじめ時間を区切る、目的を分かりやすく提示しておく、などの行動で効率化を図るようにしましょう。

採用面でいうと要件自体をまずは見直してみることも一つの手です。そもそもの採用の目的や目標を棚卸して、必要に応じて『社内公募制』などの制度を有効に活用してみるのも良いでしょう。採用要件を具体的に決めていく段階では、まず評価項目を「条件」「スキル」「人柄」の3つに分類することから始めるのが基本です。「条件」「スキル」「人柄」の順で具体性が高くなります。

「条件」とは、業務内容や勤務時間、勤務地や給与・待遇などを意味します。「スキル」は、資格や免許などの証明が取れるものから、コミュニケーションスキルやマネジメントスキル、リーダーシップなどの抽象的な概念のスキルなど。「人柄」とは、性格や価値観といった個人が持つ特徴のことであり、企業と人材との「採用マッチング」の鍵を握る要素になります。

以上をまとめると、短期的な人材不足を解消する目的であればスキルを重視する、中長期的な人材不足を解消する目的であれば人柄を重視するというのが、採用要件を定義する上での基本的な考え方です。

現在志向バイアスの影響と対策を理解しよう

現在志向バイアスは目の前にある事柄を過大に評価してしまう心理傾向です。現在志向バイアスに陥ると、目先の利益を優先したり問題の解決を先送りにしてしまうなどのデメリットがあります。

数合わせのためだけに採用した結果早期離職が多発する、希望に沿わない配置や異動で社員のモチベーションが低下するなど、現在志向バイアスによって更に事態が悪化してしまわないよう、中長期的な視点を持って人事業務に取り組むことをオススメします。

スポンサーリンク