採用や人事評価にも影響を与える心理的効果
人事業務においては、直近の採用率なども重要ですが、育成の観点でいうと、中長期的な視点が非常に重要です。
厚生労働省の調査によると、大学卒の就職後3年以内の離職率は15年以上ほぼ毎年30%以上で推移しており、改善の兆しは見えていません。少子化による労働力人口の減少で人手不足が加速する中で、早期離職の防止は大きな課題であることは間違えようがありませんが、多くの企業で、早期離職への有効な対策はいまだ打てていないのが現状です。
早期離職率が改善されない原因のひとつとして「希望的観測」による対策の遅れが考えられることをご存知でしょうか?
今回は希望的観測の概要についてご紹介します。
希望的観測とは?相手に希望を押し付けてしまうバイアス
希望的観測とは、根拠や理にかなった理由もなく「そうなって欲しい」という、希望に影響されてものごとを判断してしまうことをいいます。ポジティブ思考でプラスに働くケースもありますが、論理的な根拠がないので地に足のついた考え方ではなく、確実性に欠ける観測でしかありません。
希望的観測を心理学的に説明するものの一つが「確証バイアス」です。確証バイアスとは、人が無意識に身の回りの膨大な情報の中から、自分に都合のいい情報や先入観を裏付けてくれるような情報だけを取り入れて、そうではない情報は無意識的に排除する傾向があるものです。
例えば新車を検討するにあたっても、自分の一番欲しい車は実は決まっていて、情報収集するにあたっても、一番欲しい車のいい情報が一番集まってしまうというものです。確証バイアスは、希望的観測の希望的な部分ばかりスポットが当たってしまう良い説明です。
希望的観測の具体例について
日本の社会は伝統的に「ヒトとは、本来生まれながらにして善人である」という「性善説」をもとにしている人が多く、今の社会でもビジネスは信頼関係が重要とされています。
他にも恋愛において、人は希望的観測をしてしまうことは多々あります。恋愛初期において、様々な問題を抱える男性と付き合っている女性によくあるのが「色々困ったところはあるけれど本当は優しい人なの」という意見をいう傾向です。プレイボーイや金銭問題、暴力問題を抱えている男性に入れあげてしまう女性がよく口にする言葉ですが、これは優しい時の彼を中心に考えてしまうという、まさに希望的観測です。恋愛は普段よりも冷静な判断ができない状態での判断になるので、恋愛のみやたら希望的観測に影響されてしまい、対人関係が上手くいかないという女性は少なくありません。自分が冷静でないと思われるときは、周りの人の意見をきちんと聞き、質の良くない恋愛にのめりこみ続けるようなことは避けましょう。
仕事においての希望的観測は結構危険なものです。間に合いそうにない仕事を頼まれたにもかかわらず「自分ならできる」という勝手な希望的観測を持ってしまい、失敗したことはないでしょうか?「難しいけど自分なら何とかできる」という思想は非常に危険です。仕事には常に会社の名前がかかっているので、何の根拠もなく希望的観測に基づいてその場しのぎでやっていると会社に多大な迷惑をかけることになります。客観的に考えて無理そうなものは早めに上司にきちんと伝えることが、ビジネスマンとしての鉄則です。
他に気をつけたいのが、仕事がうまくいかないから転職を繰り返すという行為です。この行為の問題は「仕事がうまくいかないのは会社が自分に合っていないからだ。違う場所に行けば自分ができる」という希望的観測に基づいていることです。こういった考えでは自分としての改善が一向に進まず、まったくスキルのないまま職を転々とする人生になってしまうので、失敗から学ぶことが大切と捉えることが不可欠です。
希望的観測のデメリットについて
人事活動において「希望的観測」がマイナスに働いてしまう時があります。採用活動後、採用者も決まると、採用活動から教育までこれほど投資したのだから彼らはよい成績・効果を組織に生み出してくれるだろうと過剰に期待するときなどです。自分たちはやるべきことをやって実際に成功した、という思い込みが原因です。
人をしっかりと育てていくためには膨大な時間と労力が必要です。これは自明の理です。人事活動には、どんな組織であっても、効果的な採用活動ができず期待した人材が採用できない、思うような人材教育ができないなど、期待を裏切られるさまざまな要素があります。それは人事や経営に携わっていない社員でも誰もが知っていることです。しかし自分が採用担当などで採用・教育活動に参加し始めると、そのような当たり前の常識はまたたくまに消えてしまい、「早く良い人を採用すること」「計画通りに人材教育プランを実施すること」だけに焦点をあてるあまり、リスクを意識しなくなってしまうのです。計画した採用人数やプランを実施することに集中してしまい、それを達成さえすれば採用活動は成功するという勝手な憶測が「希望的観測」です。
希望的観測が原因でせっかく採用した人材をきちんと育成できなかったり、意に沿わず離職されたりすることもあります。大切なのはプランや数合わせではありません。特に人材活動においては、実際の人を見極め、個別に向き合っていくことが欠かせないのです。人事活動において「自分(自分のやり方)で採用した人は大丈夫」や「このプランで実施したしうまくいった」という一人よがりの考えを持つことは危険です。
常に「この方法でいいのか」「採用人数の多少によって、そもそもの自社の採用方針や目的は達成できるのか」と自問することが重要なのです。希望的観測の要素が頭の中にあれば、リスク管理を適切に行わないという方針を取ることになります。そうした例は往々にして失敗の原因となるのです。
希望的観測の対策方法について
希望的観測は心理学でも実証されているように、誰もが持ちがちな考え方です。前向きに事象をとらえることは仕事で前進するためには大切な原動力となるものですし、常に物事をすべて深く考えすぎていては精神衛生上好ましくない面もあるでしょう。人生においてここだけは間違えたくないという選択や失敗することが基本的に許されない仕事においては、どこまでも冷静な希望的観測ではない判断が必要です。
周りの環境や将来など、目の前の現象を見るだけでなく、先の部分まで分析し周りの意見もきちんと取り入れ、何かをする際には、裏付けとなる数値や分析データにベースにすることをおすすめします。特に新しい企画や事業を実施する際は、KPIなど、目的となる数値をターゲットに、憶測ではなく実証可能なものをもとに判断していくことを、基本の行動としていきましょう。
希望的観測に陥っていないか自分の判断を見直そう
希望的観測とは自分に都合のいい可能性を信じて、事実や根拠のない判断をしてしまうことです。希望的観測にもとづく判断をしていると、問題を先送りしたり、間違った方法で問題解決に取り組み続けてしまう危険があります。
ビジネスではある程度の希望的観測が必要なシーンもありますが、人手不足の解消や離職率の改善など、企業の存続にかかわるような重要な問題に取り組む際には希望的観測をせず、事実や根拠にもとづいて行動しましょう。