不透明な時代、学びなおすことの重要性
企業が行う人的資本投資額のうち直接費用に関しては90年代以降減少傾向が続いています。高齢化に伴う職業生活の長期化を考慮すれば、人材育成を企業だけで行うことには限界があります。ビジネスパーソンが年齢に関係なく学び直し、主体的にキャリアを形成していくことの重要性は高まっています。
文部科学省が実施した『社会人の学び直しに関する現状の調査」では、社会人の意識調査において89%の人が「再教育を受けたい、興味がある」と回答しており、多くの人が教育に対する意欲があることが見て取れます。
労働政策研究・研修機構の調査では、そういった自己啓発の問題として、「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」が1位で、「費用がかかりすぎる」が2位となっており、必要性を感じてはいるものの、本業や費用などの面で二の足を踏んでいるビジネスパーソンは大勢いるのが現状です。
出典元『文部科学省』「社会人の学び直し」の現状について:企業・個人を対象とした実態調査から
グローバルで何事も不透明な時代は、「専門領域を極める」「教養を身につける」ということは、現に諸外国では、社会人が学び自分の能力を高めることは非常に一般的で、むしろビジネスマンとして必要な要素と考えられています。
今回は、社会人になってから教育機関に戻って学ぶ教育システムである「リカレント教育」について説明します。
リカレント教育の概要と必要性について
リカレント教育とは、義務教育や基礎教育を受けて以降、社会に出て仕事をするようになってからも、個人が教育機関に戻って学ぶことができる教育システムのことです。リカレント教育は、スウェーデンの経済学者ゴスタ・レーン氏が提唱したもので、70年代に経済協力開発機構、OECDで取り上げられてから、世界的に知られるようになった「生涯教育構想」です。
『リカレント(recurrent)』とは、「再発する」「周期的に起こる」という意味で、日本では回帰教育や循環教育と訳されることもあります。レーン氏は、さまざまに状況が変化する社会に適応していくためには、生涯にわたり学び続けていくことが重要であり、価値観や生き方に合わせて、個人が就労と学ぶことを交互に行うことが望ましいと提言しています。
「リカレント教育」は、働き方改革など政府の施策の中でも重要施策の一つとされており、日本でも注目を集めています。
リカレント教育の目的とは
日本でも大学の社会人入学制度や科目履修生制度が設置されたり、リカレント教育を促進するための専門職大学院やサテライトキャンパスなどが開講されていますが、諸外国と比較すると、まだ十分ではないと言われています。
顕著に表れているのが、OECDが2012年に実施した「国際成人力調査」です。この調査では、30歳以上の成人の通学率は、調査した24カ国中、最も高いフィンランドが8.27%、日本は1.6%と最も低く、リカレント教育が進んでいないことが明らかとなっています。
今後の少子高齢化とそれに伴う労働力人口の減少が懸念される日本では、さらに健康寿命が延び、100歳まで生きることが普通になる「人生100年時代」がやってくるとも言われています。2017年より政府が「人生100年時代構想会議」を開催しており、『すべての人に教育機会を確保し、何歳になっても学び直しができるリカレント教育』について議論されています。
この会議では、経済的な事情などで高校や大学へ進学できなかった人や、出産・育児で退職した女性、定年退職した属性などが、リカレント教育で「いつでも学び直し・やり直しができる社会」を目指しています。文部科学省では、18年度の予算において、リカレント教育や職業教育の充実に取り組む大学および専修学校等への支援にあてる予算を増額するなど、具体的な対応を進めています。
リカレント教育を実施する企業としてのメリットについて
企業の競争力の強化
リカレント教育のためのプログラムや費用のサポートの導入など、社内にリカレント教育を導入することは、組織としての競争力強化につながることが期待されています。
教育を通して社員のスキルや可能性の向上を実現できる環境を作ることができれば、社員が従事している営業や企画も仕事などがレベルアップし、企業全体の底上げにつながる可能性があります。
生産性の向上
新しい知識やスキルを社員が身につけることは、自社のサービスや製品などの品質向上につながる可能性があります。個人のスキルアップは組織全体のパフォーマンスにも影響します。
AIなどを始めとするテクノロジーの進化は、近年目まぐるしく発展しており、新しい技術を常にアップデートできる社員を育成していくためにも、リカレント教育は不可欠です。
従業員の定着率向上
個人に学びの場を提供することは、現代の企業においては必要な要素の一つで、それが企業の価値観やブランドのPRにもなります。社員への投資を怠る企業は、成長機会がない組織として受け取られるリスクにもなります。
リカレント教育を導入し、社員一人ひとりが成長できる機会を提供することができれば、社員の定着率の向上にもつながる可能性もあります。
復職支援
リカレント教育は、育児や病気、介護などプライベートな事情で就業にブランクがある人に大いに役立ちます。
求職中でも何かしらの学びの機会があることで、就業できない期間のブランクの問題を小さくすることができ、復職などもスムーズになると考えられます。
リカレント教育を実施する従業員としてのメリット
社会人として働いた経験を持ったうえでのリカレント教育は、学習によるレベルアップが仕事に直結するというメリットがあります。具体的には、スキルアップによる生産性向上や専門分野のキャリアアップなどが期待できます。
専門性の高い職業に就きやすくなる
AIなどのテクノロジーの進化によって、昨今はより専門性の高い情報処理技術者や、専門的・技術的職業従事者などへのニーズが高まっています。
リカレント教育を受けた社会人が専門性の高い仕事に就業する率でいうと、学習開始後1年で2.8%、2年で3.7%と年々高くなるという調査結果もあります。リカレント教育は、今の業務からさらにキャリアアップをしたいと考える人にとっても、大きな力になるのです。
年収の増加
文科省の調査では、リカレント教育学習者の平均年収は、学習開始後2年で9.9万円、3年で15.7万円増加しているという結果も出ています。
学び続けることは、自身の年収を増加させることにもつながり、結果、それが就業へのモチベーションアップにもつながります。
就業率の上昇
調査を開始した時点で非就業者の学習者の就業率は、学習開始後1年で11.1%、3年で13.8%と増加しているという結果も出ています。
仕事に役立つ学びを深めることで自分が希望する仕事に就く機会も生まれる可能性もあるという意味では、リカレント教育は非常に有効です。
長期的なキャリアアップ
リカレント教育によって、個人は長期的にキャリアアップを目指すこともできます。
自分が進みたい分野を勉強することで、さらなるステップアップと年収アップなども実現できる可能性があります。
企業がリカレント教育を導入する上での課題
リカレント教育が成功している国は、もともと労働者の流動性が高い傾向にあります。「仕事に必要な知識や技術の習得は教育機関で行い、入社後はすぐに実践で活躍してもらう」風土があるためです。日本の従来の業務体系と異なるため、リカレント教育をサポートしていくためには、企業側も受け入れ体制を整える必要があります。
- 社員に必要な知識や技術を学べるカリキュラムを、教育機関などと連携して作成し、リカレント教育のメリットや国の給付制度を既存社員へ徹底周知する
- リカレント教育を受けた社員の復職などが容易なように、働きやすいオフィス環境を構築する
- より流動性と生産性の高い組織を目指して、勤続年数などにこだわらない人事評価制度や社内教育制度も刷新する
- リカレント教育中の社員を資金面でサポートしていく(有給制度の整備など)
従業員がリカレント教育を行う上での課題
多くの社会人が自分の仕事に必要な専門的なスキルや知識を身につけたいと再教育の機会を願っていますが、現実には会社のサポートがない、資金面の問題などいくつもの障害によって学び直しができていないのです。
個人の問題というより、個人を取り巻く環境などが要因となっていることが大きいでしょう。
- 職場や上司の理解が得ることが難しい
- 現在の仕事が激務で、学びに行く時間が確保できない
- 社会人や企業のニーズに合ったカリキュラムなどが提供されていない
- 受講料の負担が大きい
個人の学びの先に、企業と国の発展がある
すべての人がスキルアップ・キャリアアップのチャンスを増やし、人生をより豊かにする手段として、リカレント教育が注目されています。日本企業の多くでは、社員のリカレント教育に対する理解がまだ不十分で、激務な仕事に従事している人にとっては学習時間を確保しづらく、学習のために退職してしまうことで、再就職しにくいというリスクも生まれます。プライベート(育児・介護など)へのサポートが少ないこと、費用の高さなどから、リカレント教育を受けることをためらう人も少なくありません。
終身雇用制度が成り立たない今の状況で、かつ労働力人口が減少していく中で、中長期的な視点で自社に貢献する労働者のスキルに投資することは、非常に有効な選択肢です。