人事評価のギャップをどう埋めるか?
求人倍率の増加が示すように、日本では新規人材獲得の難易度が高まっています。激化する人材獲得競争の影響により慢性的な人手不足に喘ぐ会社が特に中小企業で増えており、長期的に安定経営するために必要な組織力が弱まっている傾向にあります。
特に2020年の新型コロナウイルスのような事態が今後も起こりうると想定すると、自社を引っ張っていく人材を大切に育てていくことが大切になります。そこで注目したいのが人事評価制度です。
アデコは人事評価制度の満足度についてインターネット調査を実施しました。その結果「勤務先の人事評価制度に満足していない従業員」が過半数を超えており、「評価基準が不明瞭」「評価者の価値観や業務経験によって評価にばらつきが出て、不公平だと感じる」などが主な理由として挙げられています。
出典元『THE ADECCO GROUP』「人事評価制度」に関する意識調査
リクルートマネジメントソリューションズの調査でも、同様の理由が報告されています。
出典元『リクルートマネジメントソリューションズ』働きがいを高める人事評価とコミュニケーションの鍵とは?
評価する側を見てみると「自分が適切に評価を行えている」と回答した人は77.8%でした。つまり人事評価制度についての大きな問題点は「評価する側とされる側の認識のギャップ」にあると考えられます。実際に「勤務先の人事評価制度を見直す必要がある」と回答した比率は77.6%にまでのぼり、多くの人が人事評価制度を見直すべきと考えていることが伺えます。
出典元『THE ADECCO GROUP』「人事評価制度」に関する意識調査
今回は新しい人事評価制度である「ノーレイティング」について説明します。
ノーレイティングとは?格付けを排除する理由について
ノーレイティングとは、従業員の格付けを排除した人事評価です。一般的な人事評価では、個人業績に応じて「A、B、C」や点数などで従業員をランクづけし、四半期や半年、1年を目処に相対評価を行うという手法が主流です。
ノーレイティングでは、個人目標や行った行動に対するフィードバックを都度実施し、個人の働きぶりをリアルタイムで評価する特徴があります。ノーレイティングはアメリカで誕生し、マイクロソフトをはじめとする大手企業が年次評価を廃止したこともあり、今後日本でも注目度が高まっていくことが予想されます。
ノーレイティングの目的について
ノーレイティングは従来の主流だったレイティング評価が抱えていた課題を解消することが目的です。
従来の評価制度であるレイティングでは従業員それぞれに1対1対応した評価が行えない問題が挙げられます。レイティングでは従業員全員を平等かつ同じ基準で評価しなければなりません。システマティックな評価方法を作ることが期待できる反面、評価の枠外にある才能を取りこぼしてしまうリスクも孕んでいます。「評価の取りこぼし」が表面化すると、従業員のモチベーションの低下にも繋がります。最悪の場合、組織全体として生産性が低下してしまいます。
あらゆる分野でマーケットは凄まじい速度で目まぐるしく変化しています。評価制度もまたその変化に随時対応していく必要があります。ノーレイティングの人事評価とは、変化に対して迅速かつ柔軟に対応するためにも必要であるといえます。
ノーレイティングは従来の人事評価制度とどう違うのか?
ノーレイティングは、レイティングを使った従来の人事評価とは評価方法・評価期間・評価ポイントが大きく異なっています。ノーレイティングの目的でも説明しましたが、レイティングの人事評価方法ではマーケットの変化に対する感度が低く、評価枠外にある才能や人材の取りこぼしの危険性があります。
これらは「年次評価」や「画一的な評価基準によるランクづけ」に由来するデメリットであり、ノーレイティングとはこのデメリットを解決するための評価方法です。具体的には「目標に対する行動を随時評価する」「上司と部下の1on1の対話により目標を個別に設定する」などの方法がとられています。
ノーレイティングを導入する企業のメリットについて
ノーレイティングの評価方法を導入する企業のメリットで代表的なものは以下の3つが挙げられます。
1.変化に対して迅速かつ柔軟に対応できる
レイティングの評価方法では四半期や1年など、一定の評価期間を設ける必要がありますが、ノーレイティングでは行動に対する評価を随時行います。従業員の短期目標の管理に向いていて、行動や結果に対する目標の更新をリアルタイムに行えるメリットがあります。
2.従業員それぞれに合った評価ができる
ノーレイティングでは、従業員全員を一括で評価するための基準を設ける必要がなく、従業員個々に対応した目標設定・評価基準をそれぞれ設定するという特徴があります。評価方法をオーダーメイドするという発想になり、評価される側の評価に対する納得度が高まります。
3.従業員のモチベーションが向上する
従業員のモチベーション管理は評価制度の運用でもっとも重要な項目に挙げられます。レイティングでは「評価枠外にある才能の取りこぼし」が課題に挙げられ、従業員のモチベーション低下に大きく影響します。
ノーレイティングは、評価方法をオーダーメイドすることにより取りこぼしをなくすことが期待できます。むしろ従業員の個性や志向を反映し、固有のスキルを積極的に評価していく評価制度ですので、モチベーションの刺激という観点から大きなメリットがあります。
ノーレイティングを導入する企業のデメリットについて
ノーレイティングはレイティングに比べて良いことづくめに見えますが、もちろんメリットと引き換えに生じるデメリットもあります。以下では代表的なものを3つ紹介します。
1.人的コストが大きい
従来の評価方法であるレイティングは、評価方法・項目を一律化することで人的コストが小さい評価システムを実現できるメリットがありました。ノーレイティングはそれを取り払い、従業員それぞれの評価方法を直属の上司に委ねることになります。
信頼関係の構築から1on1でしっかりと話し合うことなど、評価を適正に行うために必要な労力が非常に大きくなります。
2.評価する側に高いマネジメント能力が必要
ノーレイティングでは大きな労力がかかります。評価する側である上司は、部下の評価をするだけが仕事ではないのがほとんどです。そのため、いろんな方面へのマネジメント能力が評価する側に求められます。
ノーレイティングの評価制度のキモであるリアルタイムのフィードバックは、通常では言語化されないような部下それぞれの意志を汲み取るヒアリング能力が必要です。それを前提に部下を良い方向に導くコーチングを施しつつ、自分自身も仕事で成果を出し「背中を見せる」ことも重要になります。「上司」に求められるスキルが高くなりすぎることが問題となります。
3.組織の混乱を招くリスク
ノーレイティングは従業員個々の働きに特化した評価制度です。しかしレイティングでできたことができなくなることも示しています。
もっともありがちな問題は「チームの従業員それぞれの目標に振り回されて組織全体の目標が共有できていない」状況が起こりうることです。上司のマネジメント能力にも関わってくる問題でもありますが、「組織として何を目指すのか?」とメンバーが路頭に迷ってしまうと、組織全体のモチベーションが下がってしまいます。
ノーレイティングを導入する従業員のメリットについて
評価される側にとって、ノーレイティングとは「自分をしっかり見てくれる」という安心感が得られる評価制度です。
「将来的にこんなことがしたい」「こういうキャリアを目指したい」という自己主張を汲んだ目標設定を行えるため、向上意欲が高い人にとっては働きやすい環境が得られます。
ノーレイティングを導入する従業員のデメリットについて
ノーレイティングは「組織が目標を与えてくれる」制度ではないことに注意が必要です。レイティングにより画一的な評価基準・方法が存在する人事評価制度では、それを前提とした目標設定が可能でした。しかしノーレイティングではできないため、従業員に能動的な姿勢が求められます。
目標設定に不慣れな人材にとっては「次に何をしたらいいかわからない」という状況に陥りやすく、上司のマネジメント能力が低いと目も当てられなくなることは従業員にとっての最大のデメリットだと言えるでしょう。
ノーレイティングはこれからさらに注目される人事評価制度
ノーレイティングとはランク付けしない新しい人事評価制度のことです。リアルタイムでの目標設定や上司からのフィードバックによって人事評価を行う仕組みですので、変化が激しく多様性が重んじられる現代において、ますます注目を浴びると予想されます。
ノーレイティングにも一長一短はあります。レイティングでできなかったことができるようになる反面、レイティングでできていたことができなくなりますので注意が必要です。企業にとって、従業員にとってどんなメリットとデメリットがあるかを精査した上で、自社の人事評価制度を見直してみましょう。