求人詐欺の現状・実態について
人材を採用する際に、多くの求職者が参考にする情報が求人票です。求人票とは、社員の採用を予定している企業が募集概要や労働条件を記載し、求人を申し込む際に提出する書類のことです。
厚生労働省が発表した「平成30年度のハローワークにおける求人票の記載内容と実際の労働条件の相違に係る申出等の件数」によると、申出等の件数は6,811件で、内容別には「賃金に関すること」(30%)「就業時間に関すること」(23%)「職種・仕事の内容に関すること」(17%)が多かったことが分かりました。
参考URL『厚生労働省』平成30年度のハローワークにおける求人票の記載内容と実際の労働条件の相違に係る申出等の件数が4年連続で減少しました
「職業安定法第五条の三」では、業務の内容や賃金、労働時間や休日・休暇などの労働条件を、求人票に明示しなければならないと定められています。減少傾向だとはいえ、年間6,000件以上も「記載内容と労働条件が相違している」申出があることから、求人票の記載内容と実態が異なっている現状が窺えます。
参考URL『e-Gov 法令検索』職業安定法
ハローワークにおける求人票以外にも、求人サイトなど、求職者が目にする求人票はさまざまなものがあります。求人票の内容と実際の労働条件の相違がある、いわゆる「求人詐欺」は、もっと数多く存在することが懸念されます。
独立行政法人 労働政策研究・研修機構が平成29年に発表したデータによると、初めての正社員勤務で経験した職場トラブルとして「残業代が支払われなかった」が上位に挙げられています(男性:38.1%、女性:35.1%)。初めての正社員勤務を離職した理由としては、性別や学歴を問わず多い離職理由は「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかった」が挙げられており、労働条件への不満は早期離職に繋がりやすいといえます。
出典元『独立行政法人 労働政策研究・研修機構』若年者の離職状況と離職後のキャリア形成(若年者の能力開発と職場への定着に関する調査)
出典元『独立行政法人 労働政策研究・研修機構』若年者の離職状況と離職後のキャリア形成(若年者の能力開発と職場への定着に関する調査)
中小企業庁の調べによると、離職理由として最も多いのは「人間関係(上司・経営者)への不満」でしたが、その次に「事業内容への不満」や「給与への不満」がそれぞれ約1割となっています。
出典元『中小企業庁』第2部 中小企業・小規模事業者のさらなる飛躍
「就業者からみた仕事を辞めないために必要な取組」を訊いた質問では、「どのような理由があっても退職は避けられなかった」という回答が40.9%を占めています。つまり、一度離職を考えた従業員については、離職を避けることが非常に難しいのです。
出典元『中小企業庁』第2部 中小企業・小規模事業者のさらなる飛躍
早期離職防止につながるような「労働条件に関する認識の齟齬」を生まないためには、採用活動中から候補者への丁寧な説明や情報開示を行い、労働条件に関する合意を形成することが不可欠です。
今回は、求人票に記載している内容と実態が異なる「求人詐欺」について説明します。
求人詐欺とは?実際の労働条件と異なる求人票
求人詐欺とは、求人票等に記載された内容と実際の労働条件が異なってしまうことです。賃金や労働時間、業務内容、雇用形態などの項目において、実態とは異なる内容の求人票を公開して応募者を募り、候補者を騙したまま雇用契約を結ばせる悪質なものもあります。
「正確な情報を公開すると、応募者が集まらないのではないか」と懸念して、曖昧な情報のまま求人票を公開している場合も、説明や合意なく雇用契約を結んでしまうと「求人詐欺」とみなされることがあるので注意が必要です。
求人票に記載しなければならない項目と国の指針について
平成30年1月1日より、職業安定法や省令・指針の改正に伴って、労働者の募集を行う際の労働条件について、下記項目を最低限明示することが必要になりました。
《求人票に必ず記載すべき項目》
- 業務内容
- 契約期間
- 試用期間
- 就業場所
- 就業時間
- 休憩時間
- 休日
- 時間外労働
- 賃金
- 加入保険
- 募集者の氏名または名称
- 雇用形態(派遣労働者として雇用しようとする場合はその旨)
国の指針として「労働条件を記載する際に配慮するべきこと」についても、下記の通り明示されています。
- 明示する労働条件等は、虚偽又は誇大な内容としないこと。
- 求職者等に具体的に理解されるものとなるよう、労働条件等の水準、範囲等を可能な限り限定すること。
- 求職者等が従事すべき業務の内容に関しては、職場環境を含め、可能な限り具体的かつ詳細に明示すること。
- 労働時間に関しては、始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働、休憩時間、休日等について明示すること。
- 賃金に関しては、賃金形態(月給、日給、時給等の区分)、基本給、定額的に支払われる手当、通勤手当、昇給に関する事項等について明示すること。
- 明示する労働条件等の内容が労働契約締結時の労働条件等と異なることとなる可能性がある場合は、その旨を併せて明示するとともに、労働条件等が既に明示した内容と異なることとなった場合には、当該明示を受けた求職者等に速やかに知らせること。
- 労働者の募集を行う者は、労働条件等の明示を行うに当たって労働条件等の事項の一部を別途明示することとするときは、その旨を併せて明示すること。
求人票の法的な拘束力について
求人票は「申込の勧誘」にすぎないため、求人票の内容がただちに労働契約における労働条件になるということはなく、一般的には求人票自体は法的拘束力を持ちません。
問題となるのは、求人票の内容と実際の労働条件が異なっていた場合です。面接の途中で労働条件の変更が生じた場合は、雇用契約を結ぶ段階で丁寧に説明したうえで書面による労働条件を提示することが必要です。
求人詐欺の法的な問題や罰則・判例について
面接を進めていくなかで、業務内容や就労時間などの調整を行ったうえで採用合格となる場合は多々あります。このため「求人票で明示された労働条件と、実際の雇用契約における労働条件が異なる」という問題が発生します。
重要なのが、労働基準法第15条第1項の規程になります。「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。」と定められています。
明示すべき事項は労働基準法施行規則第5条第1項に規定がありますが、このうち下記項目の労働条件は、採用時の書面による明示が義務付けられています。
- 労働契約の期間に関する事項
- 就業の場所及び従業すべき業務に関する事項
- 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時点転換に関する事項
- 賃金(退職手当及び臨時に支払われる賃金を除く)の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払いの時期に関する事項
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
求人票で明示された労働条件が変更となる際、候補者への説明と双方の合意、書面の提示がない場合は、求人票の内容で雇用契約が成立しているとみなされてしまうこともあるのです。上記の労働条件を書面で明示しておらず「労働基準法第15条第1項違反」とみなされれば、労働者は契約を即時解約でき、就業のために住居を変更した場合は経費負担を求められることもあります。
労働条件の説明(明示)が不十分であったことが指摘され、損害賠償に発展したケースもあります。日新火災海上保険賃金等請求事件(平成12年4月19日)です。
求人広告媒体に掲載された「中途採用者も新卒同年次定期採用者と同額の給与を支給する」という内容を信用して応募した候補者が、説明会でも同様の説明を受けたにも関わらず、実際に入社後適用された給与基準が新卒同年時定期採用者より低かったため「労働基準法第15条第1項違反」とみなされて、不法行為による損害賠償責任を負うとして、100万円の支払いが認められました。
求人詐欺とみなされた場合の企業側のデメリットについて
求人詐欺だとみなされた場合、企業が負うダメージははかり知れません。入社の受け入れや採用・教育に関わる人件費が企業の損失となるほか、人員を再度補填するまでの現場への負担や、新たに人材を採用するための新たなコストが発生します。求人詐欺を理由に離職した相手方と法的トラブルに発展した場合には、法的な罰則や企業への多大な損害が発生する可能性もあります。
求人詐欺があった会社としてマイナス評価がSNS上に拡散されたり、ニュースとして報道されてしまえば、一瞬で会社の信頼性は失墜するでしょう。ひとたび求人詐欺でブラック企業として認知されてしまえば、今後の採用活動はもちろん、株価や資金調達、営業活動など多岐に渡って影響は大きく、中長期的な成長が難しくなるのです。
求人詐欺のリスクをあなどらず、誠意ある求人票を
実際の労働条件と異なる求人票や、就労条件に関する情報が曖昧なままの求人票を出すことで、短期的には応募者を集めることはできるかもしれません。けれども、このような「求人詐欺」は、中長期的には会社にとってマイナスしかないのです。
求人票は、法律に則って誠意ある内容で公開することが重要です。