労働者の約4割がハラスメントを受けたことがある
ハラスメント(Harassment)とは、いろいろな場面での「嫌がらせ、いじめ」のことを指します。他者に対する発言・行動等が相手を不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、脅威を与えることをハラスメントといい、ハラスメントを行う側の意図や意識は関係ありません。受け取り側の主観が重視されるため、たとえそのつもりがない場合でもハラスメントに該当する場合があります。
ハラスメントは、いろいろな場面で発生するため、その種類は様々で、今では30以上のハラスメントが一般的に定義されています。職場におけるハラスメントにも「セクシュアル・ハラスメント」「パワー・ハラスメント」「ジェンダー・ハラスメント」「モラル・ハラスメント」「マタニティ・ハラスメント」など、様々な種類が挙げられます。
日本労働組合総連合会の調査では、職場でハラスメントを受けたことがある労働者は約38%と、職場でハラスメントの被害を受けている人が決して少なくない実態が明らかとなりました。
出典元『日本労働組合総連合会』仕事の世界におけるハラスメントに関する実態調査2019
同調査から、ハラスメントを受けた人のうち44%が「誰にも相談しなかった」と答え、その理由を「相談しても無駄だと思ったから」(67.3%)としていることがわかります。相談を無意味に感じ、相談以前に諦めてしまう、また、泣き寝入りするなど、結果として表面化しない場合もあるようです。
出典元『日本労働組合総連合会』仕事の世界におけるハラスメントに関する実態調査2019
世代によって認識に差があるハラスメント
全国就業実態パネル調査では、「ハラスメントを見聞きしましたか?」という質問に対して、65歳以上のシニア世代47.0%が「あてはまらない」と答えています。他の世代が「あてはまらない」と答えた割合が31~35%であることを考えると、世代ギャップにより、シニア世代が「ハラスメントと認識していない」可能性もあります。
出典元『リクルートワークス研究所』全国就業実態パネル調査 2019
今回はハラスメントの一種であるマタハラの相談を受ける際の注意点や運用方法について説明します。
マタハラとは?相談窓口をどう運用すべきか
マタハラとは「マタニティハラスメント」の略称で、妊娠・出産をきっかけとする不当な扱いの事です。マタハラは、パワハラ・セクハラに続く3大ハラスメントのひとつとも言われています。
マタハラの具体的な行為としては、妊娠・出産した女性に対しての不当な扱いです。妊娠や出産を機に異動や降格・減給・自主退職の強要や雇用停止などの変化が起こり、その理由が妊娠・出産に関連した事象にしか見いだせない状況を指す場合に、マタハラとして認定される可能性があります。
マタハラ経験率は4~5人に1人もいる
独立行政法人 労働政策研究・研修機構の調査によると、妊娠、出産、未就学児の育児を経験した勤務先において、妊娠等を理由とする不利益取扱い等の経験率は、正社員で22.3%という調査結果が挙げられています。つまり、マタハラを経験した正社員は4~5人に一人いるのです。派遣労働者においてはより顕著になり、45.3%もの人が不利益を被っています。 出典元『独立行政法人 労働政策研究・研修機構』妊娠等を理由とする不利益取扱い及びセクシュアルハラスメントに関する実態調査結果
マタハラは上司からだけではなく、同僚からも行われています。男性からだけでなく、同性である女性からも行われるという認識が必要です。 マタハラ対策が必要な「労働者」には正社員だけではなく、契約社員やパートタイマー、派遣労働者も含まれることを忘れてはいけません。
マタハラ発生率が高い3つの場面とは
マタハラが発生しやすいタイミングとして「妊娠を報告するタイミング」「産休・育休取得のタイミング」「復職のタイミング」の3つのタイミングが挙げられます。
1.妊娠を報告するタイミング
「妊娠解雇」とも呼ばれ、被害相談件数が一番多い段階です。「今妊娠されると困る」など、妊娠前にくぎを刺される例もここに当たります。
2.産休・育休取得のタイミング
「育休切り」とも呼ばれ、産休・育休取得を申請する段階で横行するマタハラです。正社員からパートに変更を提案されることもあります。キャリアの断絶不安は育休中の焦燥感を煽る一因です。
3.復職のタイミング
「時短申請却下」は復職の時点で下されます。時短勤務の申請が通らないなど、正社員同等に働かなければならない重圧を課せられ退職へと導かれる場合や、別の部署への異動や降格などにより業務内容が変わり、出世コースとは異なるマミートラックを歩むことになる場合があります。
マタハラの代表的な具体例5つについて
マタハラの具体的例として、分かりやすいものは以下の5つです。
- 「産休・育休は認めない」と言われた
- 妊娠を報告したら「退職してもらう」と言われた
- 切迫流産で入院したら「もう来なくていいから」と言われた
- 妊娠を伝えたら「次の契約更新はしない」と言われた
- 正社員なのに、妊娠したら「パートになれ」と言われた
産休や育休は労働者の権利です。産休については、妊娠している女性からの要請があれば出産前日まで働くことができますが、基本的には産前6週間を休ませなければなりません。産後についても、産後6週間は休業させなければならず、7週目・8週目に働かせる場合は医師からの承認がなければなりません。育休についても、労働者からの申し出があれば休業させなければなりません。 労働者の健康を守るために休業が法律で定められているため、休業につながる妊娠や出産を理由とした解雇や不利益な降格などは、違法になります。 これ以外にも仕事のしわ寄せから起こるいじめタイプや「子どもの事を第一に考えないとダメだろう」という思いやりだと勘違いした無意識の偏見を含むものもマタハラに含まれます。
マタハラの原因は働き方の違いが挙げられる
マタハラの原因には意識のズレがあります。自分と異なる働き方が受け入れられない価値観が原点です。 日本では高度経済成長期に根付いた「長時間労働」と「性別役割分業」が未だに価値観として横行しています。NPO法人マタハラNetでは長時間労働前提の職場や有休消化率が低い職場でのマタハラ発生率が高いとデータをまとめています。 参考URL『NPO法人マタハラNet』マタハラの基礎知識
マタハラは感染する?周囲への影響も大きい
マタハラは、受けた本人だけでなく周りにも影響が波及します。なぜなら、マタハラを目にする女性たちが自分自身も対象になることを想定するからです。 結婚・出産に対する肯定的なイメージや、仕事と両立できるイメージが持てないまま、妊娠に対して踏みとどまります。多様性を認められない価値観がマタハラの発生を生むという負の循環が起きるのです。
マタハラの相談窓口担当者に求められること
平成29年1月1日よりマタハラ防止措置、ならびに育児休業等に関するハラスメントの防止措置が義務化され、以下の5つが事業主に求められています。
- マタハラ禁止の方針の明確化・社内での周知
- マタハラについての相談体制の整備
- マタハラについての相談が発生したときの適切な対応
- マタハラの背景要因を解消するための措置
- マタハラを相談した場合のプライバシー保護などのルールの周知
マタハラ相談窓口を設け、担当者に対してプライバシーを含む適切な対応を教育する仕組みも併せて必要になります。マタハラと他のハラスメントが併発する場合もあるために、ハラスメント対策全般を請け負う窓口を設けることがおすすめです。 相談窓口は弁護士など社外の機関に委託してもよいとされています。外部の機関に相談への対応を依頼することも一つの手段です。
マタハラの相談相手とは
マタハラの相談者が相談窓口の担当者の言動により更に被害をうける、二次的なハラスメントを生じさせないために相談相手は誰でもいいわけではありません。 相談窓口の担当者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにする必要があります。 相談窓口の担当者が相談を受けた場合、内容や状況に応じて人事部門とが連携を図ることの出来る仕組み作りや、留意点などを記載したマニュアルに基づき対応できるような研修も必要になります。相談者・行為者等のプライバシーの保護のために、相談窓口の担当者に研修を行うことも必要です。 相談担当者はマタハラ未満の苦情に対しても相談を受けつける必要があります。妊娠出産の当事者だけでなく、マタハラにつながるような言動を見聞きした時に相談する窓口として機能する必要があるのです。 仕事の世界におけるハラスメントに関する実態調査2019によると、マタハラの相談を行う相手に選ばれるのは上司や先輩が上位に上がります。相談窓口の前に身近な人への相談が行われる傾向がわかります。社内でのマタハラ対策の方針が明確に周知されることや、研修などにより社員一人一人のマタハラへの理解が深まることは、マタハラ発生を抑えるだけでなく、初期に相談にのれる人材の育成に繋がります。 出典元『日本労働組合総連合会』仕事の世界におけるハラスメントに関する実態調査2019
マタハラ相談を受ける際の注意点について
マタハラの相談することで、相談者や報告者、そして協力者に不利益が生じてはいけません。徹底したプライバシーの保護が必要です。 また一方的に鵜呑みすることも、事実とのズレが生じる可能性もあり注意が必要です。一方的な発言ばかりを取り上げず、否定もせずに、事実と解釈を分けながらヒアリングしていく事が大切です。これらの事を踏まえて、マタハラ相談窓口の担当者を決める必要があります。
マタハラ相談、対応解決処理の手順
マタハラについての相談が発生したときの対応について、厚生労働省の指針です。
- 相談担当者が相談者とマタハラを行ったと指摘された従業員の双方からヒアリングを行うこと
- 主張が食い違う際は、第三者(目撃者等)からのヒアリングなどにより事実関係を確認すること
- それでも事実関係が確認できないときは、中立な第三者期間にゆだねること
- マタハラの事実が確認できた場合は、被害者に対して適切な配慮をする措置を取り、加害者に対しては懲戒処分などを行うこと
- マタハラの事実が確認できたかどうかにかかわらず、研修などによって再発防止策を講じること
マタハラへの対策は企業にとって必須である
マタハラとは、マタニティハラスメントの略称で、妊娠や出産に関する嫌がらせのことです。上司だけでなく同僚からも、男性からだけでなく女性からも起こる可能性があります。女性の活躍推進が注目されている中で、女性の活躍推進を阻害するマタハラへの対応は企業の義務として定められています。 マタハラの経験者は正社員において5人に1人、派遣労働者においては2人に1人が経験しており、多くの被害者がいる状況です。自社でマタハラが起きていないか目を行き渡らせることは当然ながら、仮に起こってしまった場合の相談窓口や再発防止策の検討など、企業がやらなければならない問題は多くあります。マタハラの対策は、求職者にとっても労働者にとっても働きやすい魅力的な環境作りにつながるため、早急に取り組むことが大切です。