従来の人事評価制度に潜む落とし穴
求人倍率の増加が示すように、日本では新規人材獲得の難易度が高まっています。激化する人材獲得競争の影響により慢性的な人手不足に喘ぐ会社が特に中小企業で増えており、長期的に安定経営するために必要な組織力が弱まっている傾向にあります。
特に2020年の新型コロナウイルスのような事態が今後も起こりうると想定すると、自社を引っ張っていく人材を大切に育てていくことが大切になります。そこで注目したいのが人事評価制度です。
アデコは、人事評価制度の満足度や適切さを「評価される側」と「評価する側」にアンケートを行いました。その結果、従業員のうち6割程度が人事評価制度に満足していないということが指摘されました。
出典元『THE ADECCO GROUP』6割以上が勤務先の人事評価制度に不満、約8割が評価制度を見直す必要性を感じている
人事評価の見直しについては従業員の75%がその必要性を主張しているにも関わらず、上司の8割が評価は適切だと回答しているというように、「評価される側」と「評価する側」では人事評価制度に対する認識に大きな齟齬が存在しています。
出典元『THE ADECCO GROUP』6割以上が勤務先の人事評価制度に不満、約8割が評価制度を見直す必要性を感じている
出典元『THE ADECCO GROUP』6割以上が勤務先の人事評価制度に不満、約8割が評価制度を見直す必要性を感じている
今回は新しい人事評価制度である「360度評価(多面評価)」について説明します。
360度評価とは?従来の評価制度とどう違うのか
360度評価とは、名前が示すように多角的な視点から人事評価を行う方法のことです。
従来の人事評価では、会社が示した評価項目・基準にしたがって上司が部下に行うものでした。しかし360度評価では、上司だけでなく同僚や部下、時には他の部署からのフィードバックも人事評価に考慮します。
HR総研の調査によると、360度評価を導入している企業は22%、導入予定は10%と導入する予定がない企業に比べると少数ではありますが、徐々に導入が進んでいることがわかります。
出典元『HR総研』【ミニ調査】360度評価の実態に関する調査
360度評価の目的とは?
360度評価の目的は、評価対象者を複数の視点から評価することにより、対象者の特徴をより正確に捉えることが挙げられます。
従来の人事評価制度には評価する側と評価される側にはギャップがありましたが、360度評価では複数の視点からの評価を総合することで評価の偏りを防ぐことができます。ある意味で評価の民主化とも言えるこの制度により、公平性と客観性が従来以上に担保されます。
複数の人からのフィードバックが必然的に得られる360度評価では、評価されることによって大きな刺激を受けることもできます。組織の中で現在の自分がどんな役割を果たしているのか、これからは何が求められているのかを明確化し、評価対象者のモチベーションを上げることも360度評価の目的です。
360度評価による企業のメリットについて
企業が360度評価を導入するメリットは以下の3点が挙げられます。
1.公平性・客観性の高い人事評価ができる
360度評価では評価対象者の上司だけでなく、同僚や部下、他の部署の従業員なども評価に関わります。特定の個人の偏った評価が打ち消されるため、客観的かつ公平な人事評価が行えます。
公平性・公平性は人事評価制度を運用する上でもっとも重要な要素です。公平性・公平性を組織全体で固めていくというのが360度評価の強みでもあります。
2.従業員の成長意欲を刺激できる
360度評価では仕事で関わる複数の上司・同僚・部下などからフィードバックが得られ、評価対象者が組織内でどんな役割を求められているかを自覚しやすい特徴があります。
人事評価制度は人材育成の観点からでも重要ですが、360度評価は「次に何をすべきか」を明確化するという点で非常に教育的な制度と言えます。伸び悩んでいる従業員は「何をすべきかわからない」ため行動を起こせずにいますのが、そうした迷子状態の従業員に道を示すことで成長意欲を刺激できます。
3.組織のフラット化と親和性が高い
人材の流動化や働き方改革、そしてニーズの多様化に伴ってフレキシブルな組織体系が必要となってきました。その結果、上司と部下の縦のつながりだけでなく、同僚や他の部署、協同する社外の人々との横のつながりもより創造的な仕事を行うために不可欠になったと言えます。
360度評価は組織体系の変化にマッチした評価制度ですので、組織体系のフラット化・多様化により上司-部下間の人事評価では取りこぼしてしまいがちなものを拾い上げられるというメリットがあります。
360度評価による企業のデメリットについて
360度評価にも以下の2点のデメリットがあります。
1.評価にかかる人的コストが増加する
多くの人に評価の協力を掛け合う必要のある制度ですので、導入までに社内研修などを実施して導入の目的や方法を共有しておく必要があります。
評価実施にかかる人的コストを少しでも軽くするために、簡単に記入できるアンケートのフォーマット作成など事前準備が不可欠です。
2.従業員のあいだで「馴れ合い」が生まれる可能性がある
360度評価は従業員間の相互評価という性質を持ちます。
自分が高い評価を得るために他人に厳しくなることを避けたり、実態にそぐわない高評価を互いに付け合ったりする可能性があります。
360度評価による従業員のメリットについて
人事評価制度は従業員にとって自身のキャリアを左右する重要なものです。自分のスキルや働きを正当に評価されていないと感じると離職に繋がることもありますので、360度評価の導入を検討しているならば、事前に360度評価制度による従業員のメリットをきちんと伝えることが大切です。おさえておきたいのは以下の3点です。
1.納得度の高い評価制度である
従来の上司-部下間のみの評価制度では、評価が上司の裁量に依存しすぎる傾向にあり、マネジメント能力の低い上司が評価者であれば不当に低い評価を受ける可能性がありました。
360度評価では上司だけでなく他部署・顧客など少し離れた場所からのフィードバックもあり、自分自身・自分と近い場所にいる人物・少し離れた場所から業務で関わる人物などの様々な視点から評価を得られます。自分の仕事ぶりを客観視でき、特定の人物による主観が評価に反映されすぎないメリットがあります。
2.自分が求められているものがわかる
多角的な視点からフィードバックを得られることで、自分が組織内でどんなポジションにいるかを客観的に把握する機会を得られます。
業務における目標設定をどう立てればよいかわからないという悩みは多くの従業員が抱えています。悩みを解決するために最初にすべきことは「自分の役割」を自覚することです。
360度評価は、複数人のフィードバックにより「次にすべきこと」を炙り出せる評価制度であり、具体的な目標を持ち続けるのに役立ちます。
3.所属チームをこえた交流を持つ機会になる
360度評価は直属の上司・部下間だけにとどまらず、所属チーム・部署をこえて他者を評価しあう制度です。
顧客ニーズの多様化・複雑化に伴い、対応に柔軟性が強く求められるようになった昨今では、自身の所属の外とのコラボレーションが良い仕事を行うため重要です。360度評価によって所属の外と関係しあえる機会を持つことで、視野が狭くなってしまうのを防ぐことが期待できます。
360度評価による従業員のデメリットについて
従業員にとって360度評価では「評価を取引し合う」ことをしてはならないことに注意する必要があります。互いに高い評価をつけるという交渉をしてしまうと、制度そのものが破綻してしまい人事評価制度の目的である「従業員の人材的特徴を正確に理解する」ことや「スキルに見合った人事配置の実現」ができなくなってしまいます。
巡り巡って自分自身に不利益となって返ってくるものですので「馴れ合い」には気をつけなければなりません。
360度評価で「評価のギャップ」を取り除く
360度評価とは、上司や人事部だけでなく、共に働いている部下や同僚などの意見も取り入れて評価する制度です。従来の人事評価制度でありがちだった「評価する側と評価される側のギャップ」を取り除く方法として期待されており、日本でも特に大手企業を中心に導入が進んでいます。
人材の流動化や顧客ニーズの多様化など組織の柔軟性が求められる昨今の風潮と相性の良い人事評価制度でもあります。評価の偏りを打ち消し、公正公平な評価が実施できるのも大きな魅力です。
直属の上司だけでなく、現場での働きをよく知る人物たちからの評価も踏まえた多面的に評価できるため、評価する上司ごとに評価が異なるなどの人事評価に対する不公平感などを防ぐことができます。