マタハラ(マタニティハラスメント)とは|企業対策と法的義務
「体を気遣ったつもり」「良かれと思って業務を軽くした」——そんな悪意のない対応が、マタニティハラスメント(マタハラ)に該当してしまうことがあります。マタハラは行為者の意図ではなく、結果として就業環境を害したかどうかで判断されるためです。実態調査では女性労働者の約4人に1人が経験しているにもかかわらず、企業の過半数が「認識していなかった」という深刻な実態も明らかになっています。
マタハラ防止は企業の努力目標ではなく、男女雇用機会均等法・育児介護休業法に基づく法的義務です。放置すれば、優秀な人材の離職や企業名の公表、損害賠償責任といった経営に直結するリスクを負います。人事・経営担当者にとって、正しい理解と実効性のある対策づくりは避けて通れません。
本記事では、マタハラの定義と2つの類型、データで見る実態、企業に課された法的義務と重要判例、そして具体的な対策と組織文化の醸成までを体系的に解説します。読み終えたときには、妊娠・出産期の従業員が安心して働き続けられる環境づくりの道筋が見えるはずです。
- マタハラの定義と、制度利用型・状態型という2つの類型
- 約4人に1人が経験するという実態と、企業側の無自覚という課題
- 企業に課された法的義務と、広島中央保健生活協同組合事件の教訓
- 方針の明確化・相談窓口・属人化解消など具体的な対策
目次
マタニティハラスメントとは:定義と基本理解
厚生労働省による定義
マタニティハラスメント(マタハラ)とは、女性労働者が職場において、妊娠・出産したことや、産前産後休業・育児休業などの制度利用を希望・利用したことなどを理由に、上司や同僚から嫌がらせを受け、就業環境を害されることを指します。相手を傷つける意図の有無にかかわらず、結果として就業環境を損なえばハラスメントに該当し得る点が重要です。
マタニティハラスメントは、妊娠・出産する本人の心身に大きな負担を与えるだけでなく、優秀な人材の離職、企業イメージの低下、法的責任の発生など、経営に直結するリスクをはらんでいます。人手不足が深刻化するなか、妊娠・出産期の従業員が安心して働き続けられる環境づくりは、企業の持続可能性に関わる経営課題となっています。
法令上の位置づけ
法律や国の指針では「マタニティハラスメント」という言葉そのものは使われていません。妊娠・出産に関する女性へのマタハラ、育児休業に関する男性へのパタニティハラスメント(パタハラ)、介護に関するケアハラスメント(ケアハラ)の3つをまとめて、「職場における妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント」と総称しています。
つまりマタハラ対策は、性別を問わず、育児・介護に関わるすべての従業員を守る取り組みの一部として位置づけられます。
マタハラの2つの類型と具体例
制度等の利用への嫌がらせ型
一つ目は、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法が定める制度・措置の利用を妨げるタイプです。産前産後休業や育児休業、時短勤務、軽易業務への転換などの制度を利用しようとする従業員に対し、利用を諦めさせたり不利益をほのめかしたりする言動が該当します。
具体例としては、「休みをとるなら昇進はできないよ」と告げる、育休の取得を上司が認めない、時短勤務を申請した部下に対して繰り返し嫌味を言う、といったケースが挙げられます。
状態への嫌がらせ型
二つ目は、妊娠したこと・出産したことなど、その「状態」に対して嫌がらせの言動を行うタイプです。制度利用の有無に関係なく、妊娠・出産という事実そのものを否定的に扱う点が特徴です。
具体例としては、「周りの負担が増えるだけで使い物にならない」と言う、「繁忙期に妊娠するなんて迷惑」と悪口を言う、妊娠を報告した途端に仕事を取り上げる、などがあります。これらが繰り返し・継続的に行われると、就業環境を害するハラスメントと判断されます。
データで見るマタハラの実態
約4人に1人が経験
厚生労働省の委託事業による実態調査(令和5年度)では、過去5年間に就業中に妊娠・出産した女性労働者1,000人のうち、26.1%が「マタハラを経験した」と回答しています。およそ4人に1人という水準であり、決して一部の特殊な問題ではないことがわかります。
雇用形態別に見ると、過去の調査(2015年時点)では派遣社員の約48%、正社員の約21%が経験ありと回答しており、非正規雇用でより深刻になりやすい傾向も指摘されています。
企業側の「無自覚」という課題
さらに深刻なのが、企業側の認識と対応の遅れです。同調査によると、ハラスメントの有無について会社が「認識していなかった」と回答した割合は過半数の53.6%にのぼりました。加えて、会社が認識していた場合でも「特に何もしなかった」と答えた女性労働者が35.5%に達しています。
| 調査項目 | 割合 |
| マタハラを経験した女性労働者 | 26.1% |
| 嫌がらせ言動・仕事の取り上げが繰り返された | 21.5% |
| 会社が「認識していなかった」 | 53.6% |
| 認識しても「特に何もしなかった」 | 35.5% |
これらの数字は、マタハラが「見えていない」「対応されていない」まま放置されがちであることを示しています。企業には、能動的に把握し対応する仕組みが求められます。
企業に課された法的義務
根拠となる法律
マタハラ防止は、企業の努力目標ではなく法律上の義務です。男女雇用機会均等法第11条の3および育児・介護休業法第25条により、事業主は職場における妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントの防止措置を講じることが義務付けられています。
この防止措置義務は2017年1月に施行され、2022年4月からは改正育児・介護休業法が順次施行される中で、育休を取得しやすい雇用環境の整備や、妊娠・出産の申し出をした労働者への個別の周知・意向確認とあわせて、対策の強化が求められています。
禁止される不利益取扱い
妊娠・出産・産休・育休の取得などを理由とする解雇、降格、減給、不利益な配置転換といった「不利益取扱い」は法律で明確に禁止されています。制度を利用したこと自体を理由に労働条件を引き下げる行為は、原則として違法と判断されます。
違反した場合のリスク
防止措置を怠ったり、マタハラを放置したりした場合、企業は以下のようなリスクを負います。
- 厚生労働大臣による勧告、従わない場合の企業名の公表
- 報告を求められて報告しない、または虚偽報告をした場合の20万円以下の過料
- 被害者に対する損害賠償責任(安全配慮義務違反等)
企業名公表による信用失墜は、採用や取引にも波及し、経営への影響は罰則額をはるかに超えます。
判例に学ぶマタハラのリスク
広島中央保健生活協同組合事件
マタハラを語るうえで欠かせないのが、広島中央保健生活協同組合事件です。理学療法士として副主任を務めていた女性が、妊娠に伴い労働基準法に基づく軽易業務への転換を請求したところ、勤務先が異動と同時に副主任の地位を外す降格措置を行いました。
この件について、2014年10月に最高裁は、妊娠を理由とした降格は男女雇用機会均等法に違反するとの初判断を示しました。本人の自由な意思に基づく同意があった、または業務上の特段の必要性があるといった例外的事情がない限り、妊娠を契機とした不利益取扱いは違法とされたのです。
この判決はマタハラ問題への社会的意識を大きく高め、その後の法整備・防止措置義務化の流れを後押ししました。企業にとっては、「良かれと思った配置転換」であっても、本人の意思確認を欠けば重大な法的リスクになることを示す教訓です。
企業が講ずべき具体的な対策
方針の明確化と周知・啓発
まず、マタハラを許さないという事業主の方針を明確にし、就業規則等に規定したうえで、管理職を含む全従業員に周知・啓発します。どのような言動が該当するのか、違反した場合の対処方針とあわせて示すことが重要です。
相談窓口の設置と適切な運用
相談に対応する担当者や部署をあらかじめ定め、全従業員に周知します。相談窓口は、実際に問題が起きた場合だけでなく、その恐れがある段階でも利用できるようにします。相談者・行為者双方のプライバシー保護に必要な措置を講じ、相談したことや事実確認に協力したことを理由に不利益な取扱いをしない旨を定めて周知することが求められます。
迅速かつ適切な事後対応
ハラスメントの相談があった場合は、速やかに事実関係を正確に確認し、被害者への配慮措置と行為者への措置を適正に行います。あわせて再発防止に向けた取り組みを継続することが必要です。
制度と体制の整備(チェックリスト)
| 対策項目 | 具体的な取り組み |
| 方針の明確化 | 就業規則への明記・全社周知 |
| 相談体制 | 相談窓口設置・担当者の指定・周知 |
| 教育・研修 | 管理職・一般社員向けハラスメント研修 |
| プライバシー保護 | 相談者情報の管理・不利益取扱いの禁止 |
| 事後対応 | 事実確認・配慮措置・再発防止策 |
| 業務体制 | 休業者の業務分担ルール・属人化の解消 |
マタハラを生まない組織文化の醸成
管理職の理解が起点になる
マタハラの多くは、悪意よりも「制度への無理解」や「業務が回らなくなる不安」から生じます。管理職が制度の趣旨と法的義務を正しく理解し、妊娠・出産の申し出を前向きに受け止められるかどうかが、職場全体の空気を左右します。
定期的な研修を通じて、望ましい声かけと避けるべき言動を具体的に共有することが有効です。
業務の属人化を解消する
「その人が抜けると仕事が回らない」という状態は、周囲の負担感を高め、状態型ハラスメントの温床になります。業務の標準化やマニュアル化、複数担当制の導入によって、誰かが休んでもチームで支え合える体制を整えることが、根本的な予防策になります。
制度を「使いにくい空気」をなくすこと自体が、最大のマタハラ対策と言えます。
よくある質問(FAQ)
悪意がなくてもマタハラになりますか?
なり得ます。マタハラは行為者の意図ではなく、結果として就業環境を害したかどうかで判断されます。「体を気遣ったつもり」「良かれと思って業務を軽くした」といった言動でも、本人の意思を確認せずに不利益な扱いにつながれば問題となる場合があります。
重要なのは、本人の希望を丁寧に確認することです。
マタハラ対策は中小企業にも義務がありますか?
あります。防止措置義務は企業規模を問わず、すべての事業主に課されています。相談窓口の設置や方針の周知などは、規模の大小にかかわらず整備が必要です。
人員に余裕のない中小企業ほど、業務の属人化解消やチームでの支え合いの仕組みづくりが、実効性のある対策になります。
男性の育休取得に関する嫌がらせもマタハラですか?
広い意味では同じ枠組みで扱われます。男性の育児休業取得を妨げる言動は「パタニティハラスメント(パタハラ)」と呼ばれ、マタハラ・ケアハラとあわせて「職場における妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント」として、企業の防止措置義務の対象になります。
性別を問わない包括的な対策が求められます。
まとめ
マタニティハラスメントは、妊娠・出産・育児を理由とした職場の嫌がらせであり、その防止は男女雇用機会均等法・育児介護休業法に基づく企業の法的義務です。実態調査では約4人に1人が経験しているにもかかわらず、企業側が「認識していない」「対応していない」ケースが多いという課題が浮き彫りになっています。
広島中央保健生活協同組合事件が示すように、たとえ良かれと思った対応でも、本人の意思を欠けば重大な法的リスクになります。方針の明確化、相談窓口の整備、迅速な事後対応、そして業務の属人化解消と管理職教育を通じて、妊娠・出産期の従業員が安心して働き続けられる環境を整えることが、人材定着と企業価値向上の両面で不可欠です。マタハラ対策は、コンプライアンスであると同時に、選ばれる企業になるための戦略的投資だと言えるでしょう。
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